第6話 ゴブリンの巣穴
腰丈ほどある草を掻き分けながら獣道のような道を音もなく歩く、その後を追うように小さな足音がした。
クラウスは後ろを向く、ブリュンヒルトがなるべく音を立てないように気を配って着いてきていた。それは慣れていない人間にしては出来ているほうではあった。
クラウスは音だけでなく気配も消している。彼女にはそれができていないので、勘のいい魔物には通用しないだろう。それでも無いよりは良いほうだ。
ブリュンヒルトの様子を時折、見ながらクラウスは歩く。陽が出ているとはいえ、少し時間が経ってしまった。早めに探索をしなければ夜になってしまう。
それでも急くことなく慎重にクラウスは前を歩む。焦りが失敗を招くというのを父に何度も教えられていたからだ。
そうやって進んでいけばぽっかりと空いた穴が見えてきた。洞窟というようりは洞穴のように見えてこじんまりとしている。場所的にも此処がゴブリンの住処だろう。
ブリュンヒルトに動くなと指示するように手を前に出し、クラウスは物陰から入口を確認する。耳を済ませて、気配を感じ取る。
音は無い、周囲からの気配もない。少なくとも入口付近にゴブリンらしき生き物の気配はない。
茂みからクラウスはゆっくりと出て、見渡す。誰も居ないことを再度、確認してからブリュンヒルトを手招きする。
「此処ですかね?」
「だろうな。足跡がある」
クラウスが洞窟の入口の土を見るとそこには複数の魔物だろう足跡が残されていた。小型の歪な形のそれはゴブリンのもので間違いない。
「洞窟に入ったらなるべく喋るな、絶対に叫ぶな。何かあったら報告はしろ」
「わ、わかりました……」
ブリュンヒルトはぎゅっと口を噤み、ロッドを握る手に力を入れながら胸に抱いた。その様子にクラウスは一つ息を吐いて洞窟へと入っていく。
洞窟内は薄暗く、前が見えない程ではないけれど明かりがなければ支障が出る。クラウスは腰にかけていたカンテラに魔力注ぐ、ぽっと淡い光が灯り足元を照らしだした。
カンテラの光を頼りに前へと進む。ひんやりとした空間に蝙蝠が飛んでブリュンヒルトは声を上げそうになるもぐっと堪えていた。
足音を消せていないブリュンヒルトのものが響く。少し進むと二手に分かれている道へと出て――ブリュンヒルトは小さく悲鳴を上げた。
真っ直ぐ続く道の奥に何かが倒れていた、目を凝らしてみればそれは人だ。
クラウスは腰にかけていたカンテラを外して奥を見ると、冒険者らしい装備をした男が転がっていた。首から血を流していることから死んでいることは見て取れる。
ブリュンヒルトが近寄ろうとするのをクラウスは止めた。小さく、「あれは罠だ」と告げて。
クラウスは振り返り、もう一つの道へ目を向けてブリュンヒルトを背に隠し短刀を抜いた。
かんっと刃が何かを弾き返す。ブリュンヒルトは何が起こったのか分からず、落ちたそれに目を向ける。それは矢だった。矢先には液体が塗られていたらしく、どろりと地面を濡らす。
「岩影に隠れろっ!」
クラウスは指示を出して駆け出した。もう一刀の短刀を腰から抜き構えると、矢が飛んできたので斬り弾いて相手との距離を詰める。
短刀の刃が獲物を捕らえ、一瞬の迷いもなく肉を裂いた。吹き出る血が洞窟の壁を汚すのも気に留めず、素早く振り返って刀を振るう。飛び掛かってきたゴブリンの腹が斬り裂かれ、どさりと落ちる。
さらに向かってくる二体のゴブリンに蹴りをいれ、一体の胸に刃を突きせば血飛沫が頬を彩る。槍を振るうゴブリンの頭を掴み――地面に叩きつけて首を跳ねた。
それは時間を感じさせないほどの早さだった。ブリュンヒルトは岩陰に隠れながら様子を眺めて思った。
奥からゴブリンが出てくる気配がない。終わっただろうかとブリュンヒルトが岩陰から出ようとした瞬間、クラウスの短刀が飛んできた。
「ふぎゃぁ」
後ろを振り返るとそこには首元に刃が突き刺さったゴブリンが転がっていた。
いつの間にとブリュンヒルトが動けず固まっていれば、クラウスは近寄ってきてゴブリンの首元に刺さる短刀を抜いた。
「前だけでなく、後ろも見ろ」
「す、すみません……」
もし、気づかないままだったらとそう考えてブリュンヒルトの身体が震えた。不注意だったと反省した様子の彼女に、「分かればいい」と言ってクラウスは二刀の短刀を握る。
「お前、魔法はどれだけ使える」
「えっと、回復魔法と浄化が得意で……攻撃魔法も少し……」
「……防御はできるか?」
「それは得意です!」
自信ありげにブリュンヒルトは返事をする。クラウスはふむと少し考えてから言った、お前は防御に徹しろと。
少女を見つけ、生きているようであれば彼女と自身を守るために防御魔法を展開させ、逃げ道を確保すること。クラウスの指示にブリュンヒルトは頷く。
「怖かろうと騒ぐな、いいな」
「はいっ!」
返事を聞き、クラウスは洞窟の奥へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます