もしも、私が殺人を犯してしまったら

 軽く押したつもりだった。

 まさかこんなことになるなんて、誰しもが思わなかっただろう。当事者の私もだ。

 目の前で動かなくなった友人を見下ろしても、私がやったことがまるで嘘のようだと感じる。

 未だに実感がない。あるわけなかろう。だって、殺人なんて初めての経験だし。それに本当に死んでいるなんてまだ思ってもいない。きっとこれは友人の悪戯に過ぎない。でも寝ている友人はいくら問いかけても何も答えない。

 激しい雨が降る夜、私は友人を殺してしまった。


「もしも、私が殺人を犯してしまったら」


 人間だれしも、ある特定の人を殺してしまいたいと思うことはあるだろうか。

 私は、情緒不安定な人間なので、時に暴力的な思想に陥る時がある。それも突発的に。例えば、自分の気分が優れない時に、誰かから何か頼まれごとをされるとそいつを殴ってやりたいと思うときがある。また、自分の思い通りにことが進まないと、その原因を突き止めて、そいつをこの世から排除したいと思うときがある。

 厨二病が考えそうなことだが、誰しもが人に言わないだけで心の奥底では思っていることだろう。私が、こうやって公の場でいうことで、きっと読み返した際に恥ずかしくて死にたくなるのも想像できる。私は、わがままで気分屋である。今の言葉で言うなら、メンヘラ。

 しかし、誰しも持っている理性によってそれはあってはならないこと、やってはいけないことだと共通認識を持っていることによって、この社会は成り立っている。これに平和ボケしたお偉いさんが私たち弱者に対して高圧的な態度を取ってくるのも事実だが。

 話を戻そう。私は今、友人を殺してしまった。それも意図もせず。事故的な感じで。

 友人の名前は、工藤ユウ。大学で知り合った。工藤と私は恐らくこの先就職してお互い別々の道へ行ったとしても、きっと親友と呼べるほどの関係になっていたはずだった。

 私のワンルームの家で酒を酌み交わしていたが、ついついお互い熱くなってしまった。きっかけは、本当に小さなことだった。お互い気分が大きくなっていたのかもしれない。私は、工藤ともみ合いになって、軽い気持ちで工藤の肩を押した。工藤は運が悪かった。工藤は床に転がっていた缶を踏みつけ、そのまま倒れてしまい、机に頭をぶつけてしまった。打ちどころが悪かったのか工藤はそのまま動かなくなってしまった。

 私は、はじめ事の重大さに気が付いていなかったが、工藤がしばらく動かないのを見て、自分の犯してしまった罪に気が付いた。

 工藤が死んだ悲しみは、実際なかった。別に工藤のことを嫌っていた訳ではない。しかし、悲しみより「この後をどうすれば良いのか」と言う感情の方が大きかった。さっきまで飲んでいた酒が自分の体から一気に引いていくのが分かった。

 どうしようか 警察に連絡をするべきなのか、それともなかったことにするべきなのか。

 私の決断は、早かった。隠してしまおうと。

 なぜかって。私は運が付いているから、うまく隠せると思っていた。それに、私は絶対にばれない自信があった。どこからくる自信かはわからないけれど。でも、私の頭は案外冷静だった。

 それに、私は身勝手な理由だが、殺人を犯してしまったという事実が公表されるのが恐ろしかった。(誰しも思いそうだが)最近、やっとの思いで、思い人に対し告白し、恋人になれた。加えて就職活動も上手くいき、四月からの生活も確保出来たのに。

 人生、運と不運は交互にやってくると思っている。運が付いている時は、なにかしらの周期で不運が訪れ、不運が続いた後は必ず良いことが起こると思っている。今の私に起こったことは、不運だ。恋人が出来たこと、就職先が決まったことの見返りが殺人だなんてあってはならない。殺人がばれることによって、これから訪れるであろう幸運は、去ってしまう。

 だから、私は隠すことに専念した。

 私は、まずお風呂を沸かした。死体を隠す場所よりもアリバイを作ることに専念した。死体を隠す場所は後で決めればよい。隠す場所なんてたくさんあるのだから。お風呂が湧きあがるまで私は、死体を埋める手口などを考えていた。

 時間はあっという間に過ぎていき、気がついたらお風呂が沸いたという音声が部屋に響いた。

 私は、工藤の服を脱がせ、お風呂に入れた。

 この時から私は、手袋をつけていた。

 成人男性が一人の人間を風呂場まで持っていくのは、いくら距離が近くてもとてもしんどかった。兎に角重い。しかしやり遂げないと私は警察に捕まってしまう。私は、ある種の使命感に駆られていた。

 お風呂に入らせる理由はただ一つ。アリバイ工作だ。何かの小説でぬるま湯を死体に当てておくと体があったまり、死亡推定時刻を誤魔化せるとか言っていた気がする。あくまで創作の世界なので本当かどうかはわからないけれどやらないよりやってみる方がマシだということだ。お風呂から出る際に、お風呂の水を少し魔法瓶の中へ入れた。これも後で使うため。

 お風呂場で工藤の体をお湯で流した。工藤の体は、また熱を取り戻したようだった。現実はそうでもないけど。

 そのまま工藤には服を着せず、工藤をタオルでくるみ、私はレインコートを着て外へ出た。まだ外では激しい雨が降っていた。この雨のおかげで私の計画は完全に遂行できる。

 私は、近くの駐車場まで工藤をおぶっていった。

 私は、お風呂が沸けるまでの間、レンタカーを手配していた。私はやはりついている。今日は雨にも関わらず、近くの駐車場に借りられる車が一台あった。

 やっとの思いで工藤を車に乗せ、私は、車でまだ明けぬ夜の街へ走り出した。飲酒運転だが、そんなこともっと大きな罪を被っている私にとっては、いちいち考える必要のない問題だった。今考えると、おんぶをする必要もなく、家の近くまで車を持ってきてそしてその後に、工藤を乗せれば良かったが、いくら冷静にいようと私の頭はそこまでうまく回っていなかった。

 私は、まず少し遠くのスーパーへ行った。私は車を走らせながら、バックミラーで工藤を確認したが、やはり工藤は起き上がることもなかった。

 二十四時間営業している、格安のスーパーで私は、スコップと軍手、新たなレインコート、そしてどこにでも売っている長くつを買った。スーパーに入る際、家から持ってきたサングラスと帽子を被りすこしでも防犯カメラを誤魔化せるようにした。

 スーパーで買い物を終えた私は、また車を走らせた。その際、私は夏近くになっているのにも関わらず、暖房をつけた。すこしでも、工藤の体を温めるためだ。意味があるのかはわからないけれど。

 私は、車を走らせながらどこへ行くのかを考えていた。

 途方もない時間車を走らせていた気がする。実際はもしかしたらそこまででもなかったのかもしれないけれど。宛先もなく車を走り続けた。

 私は、車で走りながら多くのことを考えていた。これまでのことやこれからのこと。

 まず時間がたったことによって、殺人を犯してしまった事実を突きつけられた。

 前述したように、誰かを殴ってやりたいとか殺してしまいたいとか思ったことはあるが、いざやろうとは思わない。実際、これまでも工藤と喧嘩をして殺してやろうとか思ったことはあるけれど、本当に殺そうなんて思ったことはない。理性で制御されているから。しかし、私がしてしまったように事故のような形でだれかを殺してしまった場合は話が違う。私は、この形を望んでいない。バックミラー越しの工藤は、いつ目を覚ましても良い顔で寝ているような感じだった。

 死体の隠し場所は、どこにでもあるように感じたが実際ばれるリスクを考えたら、どこに捨てようか迷ってしまう。私がした殺人と言う事実を隠ぺいしたい。もう既に破綻しているかもしれないけれど。

 我ながら人一人殺しといて、身勝手な理由だ。

 私は、途方もない時間考えていたと思う。体感では三日ほど。実際はそんなにかかってはいなかったと思うけど。

 私は、気分転換も兼ねて風呂に入ろうと思った。いつまでも死体と一緒にいるのも気が引けるし、始めはいけると思っていたが、いざ実行に移すとこの先のことを考えられなくなってしまったから。

 路肩に車を止め、私は近くの銭湯を調べた。

 時刻は午前三時だった。多くの銭湯は当然のように閉まってるが、ここから三キロ先にまだ営業している銭湯を見つけた。私はそこへ向けて再び車を走らせた。

 銭湯に着き、私は湯に体をつけた。入る時、受付のおばちゃんがモタモタしてて、いつも以上にイライラしたけれど、湯に入ることでその心も落ち着きを取り戻した。

 この時間に銭湯に入る客などいなく、店内は一人だった。お湯に浸かっていると、さっきまでの現実がまるで嘘のように感じる。ずっとこのままでいたいと思っていた。

 だが、時間ももうない。さっきのおばちゃんのようにモタモタしていたら、寝ている皆が活動し始め、私の殺人を誰かに目撃されてしまう。

 時間にしておよそ三十分ほどで私は銭湯を後にした。

 帰る際、近くのコンビニでスプレータイプの芳香剤を買った。そろそろ匂いがしてくるだろうと思っていたから。

 車に戻ってもまだ死体があった。また現実に戻ってきたような感覚だ。

 再び車を走らせた。死体の隠し場所を見つける為。

 もう私は、自信を無くしていた。さっきまでの威勢もどこかへいってしまって、もう何をどうしようと捕まってしまうと思い始めていた。さっさと埋めてしまえば、見つからなかったかもしれないが、時間が立ちすぎているような気がする。いつもの私の悪い癖だ。

 何事も不安になってしまい何度も何度も確認してしまう癖。心配性。これが私をいつまでも困らせていた。

 特に今殺人を犯してしまった私は、多くのことを考え過ぎたのかもしれない。もう考えることを放棄し始めていた。そこで私は新たな考えに至っていた。それは、どうせ捕まるならやりたいことをしようと。

 人生最後に何を食べたいか。その質問に対するベストなアンサーは、「その日の気分」だ。今の私は、ラーメンが食べたかった。それにこってりとした家系と言われるラーメンを。私はまたしてもマップアプリで近くのラーメン屋さんを調べた。あいにくどこのお店もやっていなかったが、少し遠めのお店が朝営業をしていることに気が付いた。ここから車で行けば丁度お店が営業するころだろう。

 車内はずっと無音だった。意識が、死体ばかりに向けられ全然気が付かなかったけれど。私は、大好きな音楽を流した。いつも何度も聞いている曲も、もうしばらくは聞けないと思うと名残惜しい気持ちになる。何度も何度も同じ曲を聞いてしまう。

 最近できた恋人に連絡してみた。真夜中なら起きていたかもしれないけれど、さすがに朝方は起きてはいなかった。最後に会いたい気分だった。私は「会いたい」と一言メッセージを送った。

 最後に食べたラーメンは格別においしかった。朝にも関わらず店内には少し客がいた。ラーメンはいつ食べてもおいしいしね。みんな私が殺人犯なんて知らずに呑気にラーメンを食べていた。私も目の前に出されたラーメンを一口一口噛みしめながら食べた。もうしばらくは食べれない。

 腹を満たしたところで、件の恋人から返信があった。彼女は今日に限って朝起きるのが早かった。私は今から向かうと伝え、彼女の家へ行った。彼女の家に着くやいなや、私は彼女へキスをした。ラーメン臭い彼氏にキスをされるなんて最悪な気分だっただろう。しかし、そんなこと考えている暇は今はなかった。「やめて、やめて」と言う彼女を押し黙らせて、私は彼女を朝から抱いた。実際は、十時くらいだったと思われるが。

 私は、最低な彼氏だった。彼女に対してなにもあげれていない。最後にあげたものと言えば、避妊具をつけないことだった。最低な人間だ。

 私は性欲も満たされ、すすり泣いている彼女をおいて部屋を出た。もうきっとここへ来ることはないし、きっと私と彼女が再会することもないだろう。私は彼女にとってきっと一生忘れることの出来ない人間になることも明白だ。私が何年後かに刑務所から出所して、彼女に殺されても文句の言いようがない。

 昼頃、最後に車を走らせた。行く場所はもう既に決まっている。好きな音楽を聞いて、好きな物を食べれて、好きな人を抱いて、私はもうやることをやりつくした。

 もう後悔なんてない。

 私は高速道路に入り、アクセルを踏み続け何も考えず、勢いのまま前方のトラックにぶつかった。

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もしも、違う自分になれるとしたら、、、 アシカ@一般学生 @ashipan

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