幹江の恋

@takagi1950

第1話 幹江の恋

私は二十三歳。仕事帰りに寄ったゲーセンで、“レッ釣り”に嵌った。このゲームに勝つには“二段クルーン”対策が重要。

さて“二段クルーン”は大きな赤い球と吊り輪が周り、吊り輪が止まった点数(一点、五点、五点、十点、十点、二十点)と、赤い玉が(×が八カ所、△三カ所、○一カ所)、三回×に入るまでに百点を取れば勝てる。但し、○に入れば一回×が減り点数も増える、△にはいると点数のみが増える。よってこのゲームに勝つには、赤い球を○か△に入れ、大きな点数を取ることが重要になる。

勝ち方を検討し、この赤い玉を誘惑し私の指示に従わせることにした。じっと赤い玉を見つめて「お前が好きだ、お前が好きだ」と呪文を掛けるが全く効果なし。

次に赤い玉を人差し指で指し、「お前は○に入る、○に入る」と呪文を掛けた。一ケ月も行うと段々と○に入るようになり効果を確認。


しかし、ここで完全に行き詰まり、三カ月考えたが他に適切な方法を見いだせない。もうこの頃になると赤い玉の顔の表情が分かるようになり、ある日、輝きが悪いので「赤い玉。どうしました」と呼びかけると、「昨日、ちょっと冷えて今日は下痢気味です」と言ったように思った。最初、夢だと思ったが頬を叩くと痛くて現実だった。空耳ではないと思うと心が踊り、急いで近所の薬局に行き正露丸を買ってきて、赤い球に見せた。

薬の効果抜群で赤い玉は「お客様、お腹が治りました」と言ったが、その声はグラビアアイドルの原幹恵と同じ声。そして赤い玉はお礼に少しずつだが○の位置に止まってくれるように。

この頃になると、私は赤い玉を“赤い玉さん”と呼び赤い玉さんは私を織田さんと呼び、友人になり機械と人間の関係から人格のある対等な関係になった。ある時、赤い玉さんと喧嘩。理由は“レッ釣り”で横に座った綺麗な女性に私が「今度、デートしましょうか」と言いながらコインを千枚渡し、これでデートが成立したことを知ったのだ。

これを見て赤い玉さんは怒り「私という彼女がいるのに、他の人と浮気するなんて許せない」と言って怒った。嫌がらせでいつも×の位置に止まることに。こうなれば全く勝てない。


この状態を好転させるため、私は色々試す。宝石や時計、カバンを見せる、ウインクなどもしたが反応は無かった。それがある時、携帯で写真を撮ると、赤い玉さんが笑ったように見えた。そこでためしに赤い玉さんのアイドル風写真を撮ったところ大喜びで、光輝き満面の笑みで笑う。これで赤い玉さんの機嫌が治る。ここで「織田さん、これからは私を呼ぶときは幹江さん」と呼んでくださいと言い、これ以降、私は赤い玉さんのことを、親しみを込めて幹江さんと呼ぶことに。更にいつも優しく声を掛ける「幹江さん、今日は綺麗ですね。光り輝いていますよ」と言うように。


さて仕事が忙しく一週間ゲーセンに行けず久し振りに顔を出すと「織田さん。お見限りですね。私あなたを待って首が長くなってキリンになりました」とダジャレを言われ「どこに首があるの」と聞くと機嫌が悪くなり、なだめるのに二時間掛かりメダル三千枚を失う。

更に悪いことに三日後、機械が故障し幹江に逢えず、思いが募る。やっと二週間が過ぎ、いそいそとゲーセンに向かった。機械の故障が治り幹江との再会を楽しもうと思ったが、残念ながらそこに幹江はいなかった。

頭にきて、店員の西多聞君に「何で赤い玉が居ないんだ」と食って掛かると怪訝な顔をして「“レッ釣り”は帰ってきましたが」と言ったが、「でも赤い玉が……」と言って泣き崩れた。

最初、西多聞君は驚いたがしばらくすると冷静になり「もしかしたら、間違って赤い玉が他の機械に引っ越ししたかな。でも何で赤い玉が違うのが分かるのですか」と聞くので、「俺はゲームの時には真剣に赤い玉を見ているから」と本心を言った。

嗚呼、幹江は他の機械に引っ越したのだ。あんなに毎日会って楽しく話ができていたのに、それが出来なくなった。悲しくて機械の前で一時間泣いていた。その間、幹江との思い出をたどった。

幹江と逢えず悶々としながらゲームをしていると、西多聞さんが来たので「どんな情報でもいいです。この機械に居た赤い玉さんのことを教えて下さい」と言って、藁にも縋る思いで性懲りもなく抱きついて涙ぐむと、私を可哀そうに思ったのか、店のコンピュータを操作し、「この機械の赤い玉はもしかすると東京の新宿店に行った可能性が高いです。というのは同じ時期に修理センターに入っていますから」と教えてくれた。

これで私の気持ちは 春晴れになってピカピカと輝く。一週間後、仕事を調整し週末に東京出張を作った。もちろん新宿に居ると思われる幹江に会うためで、一目散にゲーセンに向かう。そこには二十台の“レッ釣り”が並んでいたが幹江はいない。気持ちが落ち込んで腰が抜け立てなくなってしまう。


翌日ゲーセンに行くと私の思いつめた姿を見た西多聞さんは、これは独り言ですが「お客さん。あなたの赤い玉さんは、隣の町のゲーセンにいるみたいですよ」と言ってくれた。翌日、会社を休み店に向かい“レッ釣り”を探す。すると嬉しいことにそこに幹江がいた。最初顔を合わせた時、お互いに声もなく微妙な雰囲気になり「元気」、「ああ元気していた」と口数も少なかったが、時間が経過すると二人に笑顔が見られるようになり以前の会話が戻る。

ゲームを楽しんでいると機械がトラブった。店員は、上側のカバーを開け工具をフロントに取りに行った。私はその隙を見て幹江を手に取り、ポケットに入れ持ち帰る。悪いことだとは思ったが、気持ちを抑えることが出来なかった。ここで私はもう一人の自分に『幹江と一緒に一日遊んで夜には返す』ことを誓う。


急いで自宅に帰るために坂道を上っているとポケットの空いた穴から幹江が落ち、坂道を転がってガードレールに当たって横に大きく跳ね、家が並ぶ道に消えた。驚いて走って後を追い、幹江が消えた家の方向に歩いて行ったが幹江は居なくて、前から若い女性が歩いてきた。

そこで私はこの女性に「このあたりに赤い玉が転がってきませんでした」と聞くと「織田さん。それ私です」と言って笑った。驚き顔を見ると原幹恵さんと瓜二つだった。

「幹江、いや原幹恵さんと聞くと」、「織田さん、私はあなたの夢だった幹江です」と言って笑った。

次の瞬間、二人は手を取って走り出していた。

 

すぐに須磨海岸に行き幹江は蟹を見て「あんなに足と手が沢山あって羨ましい」と言って涙ぐむ。さらに幹江は「私も泳ぎたい」と言って私を驚かせ妄想が広がった。

私が「幹江、泳げる」と聞くと「わからない。海に入ったことないから」と返事。それでも休憩所で水着を借り一緒に海に入ることに。水着姿の幹江を見て驚いた。似合っているのだ。光り輝いていた白いビキニがセクシーで心がときめいた。

予想通り幹枝は泳げなかった。幹江は「だって私、以前は赤い玉で重いから。それに海は初めてだから」と言って目頭を押さえた。それでも「お前の水着、光り輝いてるぞ、素晴らしいまるでグラビアアイドルみたいだ」と言うと顔が輝く。分かりやすい女性だと思ったが、それが可愛くて思わず抱きしめた。周りに人が沢山いたが恥ずかしくなかった。 浮き輪に捕まって沖合にでる。

顔が海に反射された太陽光線で光り、胸元にわずかに光る産毛の上に形成された水滴に光線が当たり乱反射してその一本が私の右目に入り、反射的に幹江を抱き寄せた。

抱き合ったまま幹江は「私にも色々やりたいことはあるけれど、自分に与えられた環境で一生懸命頑張る。無いものを欲しがっても仕方ないから。あるもので勝負しないと」と言い、この話に私は感激してしまう。この話の途中から幹江は涙目になりそれを見た私も胸がジーンとして言葉が出なくなった。

そして幹江とこのまま一緒に居て話したいと思ったが思いなおし携帯で自撮り。帰したくないとの思いが募ったが、そのすぐ後にもう一人の私が現れ『それは駄目だろう約束通り返さないと駄目だぞ』と言った。最初は少しそれに反抗する気持ちもあったがすぐに落ち着く。

                                         

歩きながら幹江が「最近の流行を教えて下さい」と言うので回転寿司を食べたが、「これ面白い、赤い玉じゃなくて寿司が回転する」幹江が言って笑顔が弾けた。

夜、ゲーセンの前で幹江は「私、これまで諦めていたけど新しいことを経験できた。夢を持てばかなえられることを知った。これでこれからも頑張れると思う」と言って泣きじゃくる。それも私が強く抱きしめると泣き止み、私の腕の中で震えた。

ここで幹江が私に「目を瞑って」と言うので目を閉じて次の行動を待つと、唇に温かいものが当たり、すぐ後にカミナリが「ドドドドドドドドド、ドスン」と響き、落雷したのか大きな音がして唇が冷たくなり感触がなくなる。驚いて目を開けると、街は停電していて、そこに幹江の姿が無く道に、月明かりに照らされた赤い玉が転がっていた。

拾い上げ「幹江か」と聞いたが返事がなく「幹江、幹江、幹江……」と何度も声を掛けたが返事はない。店に入りカウンターに赤い玉をそっと置いて「幹江、今までありがとう。これからは会えなくても頑張り一回り大きくなった人間になって帰ってきます」と言うと「あなたの行動を見ています」と聞こえたように思った。


それからどのようにして家に帰ったか覚えていないが、翌日の日曜日夕方にベッドで目を覚ます。二十四時間以上寝たことになるが、長く寝すぎたために自分でも、これは夢での出来事なのか、本当のことなのか分からなくなった。でも私は本当の出来事だと思うことにした。その証拠は五十万枚のメダルの所有者であること。さらにこれは誰にも見せていないが、幹江と海で一緒に取った写真があること。

そして私はゲーセン通いを止めた。                                                                                  

                                                     完

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