第2話 強襲

 この村で唯一の酒場に来たエイドとヒスイだったが、二人の表情は引きつっていた。

 店員が出した料理が、一分も経たないうちに消えていく。


「ぷっは~!生き返った~!」


 目の前の少女は、木製のコップに入った飲み物を一気に飲み干すと満足そうな笑顔を浮かべている。それだけなら普通なのだが、エイドたちが引きつっている理由は、彼女が食べている量だ。今食べ終えたオムライスを含め、五人前は平らげた彼女の胃は、一体どうなっているのだろうか。


「死ぬかと思ったよ!ありがとう」


 女性は至福の表情でお礼を言った。うつ伏せの時はよくわからなかったが、よく見ると、貴族や王族と言われても不思議ではない程に、整った顔立ちをしている。宝石のように透き通る青い瞳で見つめられたエイドが、思わず頬を赤くしてしまうほどだった。


「まだ名前言ってなかったよね。私、エアリア・ユースト、エアリアってよんで!」

「私はヒスイ。こっちのはエイドお兄ちゃん」

「勝手に人の名前教えてんじゃねえよ」


 明らかに嫌そうな雰囲気をするエイドに思わず苦笑いするエアリア。

 ヒスイはエイドが聞くと思っていたが、頑なに話をしたがらないエイドの代わりに聞く。


「エアリアはなんであんなとこで倒れていたの?」

「私、東にある《サンテライズ》から来たんだけど、途中で魔獣に襲われて荷物とか全部落としちゃったんだ」


 《サンテライズ》とは、グラム大陸の最東端に位置していて、漁業が盛んの国だ。サンテライズ出身の冒険者は、スタルト村を経由して各国へ行くことが多いため何ら不思議なことはないが、サンテライズとスタルト村を繋ぐ道は、周りが平原で見通しもよく魔獣が現れるのは珍しいと、エイドは少し気になっていた。


「それは災難だったね」

「本当だよ。記念すべき門出が第無しよ!」


 頬を膨らませるエアリア。

 エイドは、いくら話したくないとはいえ、どうしても聞いておかなかればならないことを、重い口を開き渋々聞いた。


「ところでお前、荷物落としたって言ってたけど、金あんのか?」


 エアリアは数秒間の沈黙の後、自分の服を隅々まで探し、再び真顔で固まってしまった。その様子から全てを悟ったエイドは顔に手を当てて大きなため息を着く。

 すると、会話が聞こえていたのか、厨房から人の頭を握りつぶせそうなほど発達した前腕に、服からの下から浮き上がる屈強な肉体を持つ店長が笑顔で出てきた。しかし、その目の奥は笑っていない。


「エイド、金がないって?」

「待て待て、そう決まったわけじゃ――」


 エイドはエアリアの方を横目で見ると、真っ青な顔でこっちまで揺れが伝わってくるほどにガクガクと震えている。


(こいつふざけんなよ!)


 湧き上がる怒りを抑え、エイドは冷静に自分の財布を取り出し中身を確認する。中には銅貨三枚――この大陸で使われるお金で、銅貨一枚、百円、銀貨一枚、一万円、金貨一枚、百万円の価値がある。しか入っていなかった。

 エイドは、ゆっくり財布をしまうと、勝ち誇ったような顔をして、


「ふっ、店長――」


 鼻で笑い、店長に言った。


「俺らに仕事をくれないか?」




 エイド達が仕事を終え店を出ると、日が落ちて薄暗くなっていた。


「なんで俺までこんな目に………」


 凝った肩を大きく回しながら愚痴を吐くエイドに、エアリアはすぐに土下座をして謝る。


「本当にごめんなさい!お金をカバンの中に入れていたのを忘れていました!」

「もう済んだことだ。もし、申し訳ないと思ってるなら、今度は飯おごれよ。だから早く立て」


 エイドはエアリアに早く立ち上がるよう促すと、何やらポケットの中を探っている。


「疲れただろ?これ食って元気出せ」


 エイドが取り出したのは、赤く小さい木の実だった。

 エアリアは受け取って匂いを嗅いで見ると、ほんのり甘い匂いがした。


「ありがとう!いただきます!」


 三粒を一気に口に入れ、噛んだ瞬間、エアリアの口内に炎が溢れ出したのかと思うほどの痛みと熱を感じた。


「辛ぁぁああぁあああああああ!!」


 口を真っ赤にして叫ぶエアリアを見て、腹を抱えて笑うエイド。

 エイドが食べさせたのはイラカの実という香辛料に使われる実で、五粒一気に食べてしまうと失神してしまうと言われているほど辛味が強い。

 仕事の手伝いをしている間にくすねていたのだ。


「ばーか!俺を巻き込んだ仕返しだ!」

「最低!いくらなんでもやりすぎでしょ!?」

「お前がそれ言うのか!」


 エイドは、言いたいことが山ほどあったが、疲れが溜まっていて話す気力もない。


「それじゃあ、俺らはもう帰るからな。行くぞ、ヒスイ」


 エイドはヒスイに一緒に帰るように言って、足早に自宅に帰ろうとするが、ヒスイはエアリアに何か言いたげにその場にとどまっている。


「ねえ、エアリア」

「なに?ヒスイちゃん」

「泊まる場所あるの?」


 何を言っているの?と、言いたげな顔で固まるエアリア。それを見たエイドは、こいつ脳みそつまってのかと、心の底から思った。




 この村には宿屋は一つしかない挙げ句、入れる人数も多くない。

 エイドとヒスイは、エアリアを宿屋に案内し空きがあるか確認しているエアリアを外で待っていた。

 しばらくして、エアリアが宿屋から出てきた。表情が明るいから宿が取れたのだろう。


「宿取れたのか?」

「全然だめだった!」

「リアクションが逆だろ」


 思わず突っ込んでしまったエイドは、エアリアの馬鹿さ加減に大きなため息を漏らす。

 しかし、エアリアは全く気にしないどころか、むしろ楽しそうな様子だ。


「でも、キャンプできるし!冒険者になって初めてのキャンプ、ワクワクする!」

「荷物ないのにキャンプできんのか?」

「が………!忘れてた」


 荷物がないことを思い出し、頭を抱えその場に崩れ落ちるエアリア。その様子に見兼ねたヒスイは、ある提案をした。


うちにくれば?」

「え!?いいの!?」


 光の速度で感情を切り替えるエアリアは、キラキラとした眼差しでエイドを見つめる。


「だめに決まってんだろ!勝手に決めんじゃねえ!」


 とんでもないことを言い出したヒスイの方を見ると、エアリアを助けた時のように、目を輝かせながらおねだりしてくる。


「エイド兄ちゃん………」


 こうなると、エイドが折れるまでヒスイは絶対にやめない。

 エアリアといいヒスイといい、正直うんざりしていたエイドは、思いのほか早く折れた。


「わかったわかった!もう好きにしろ!」


 愚痴をこぼしながら、エイドは先に家に向かって歩き出す。


「ラッキーだねエアリア。エイド兄ちゃんは冒険者のこと嫌いだから、ここまで優しくするのは珍しいんだよ」

「そうなの?でも、こんなに迷惑かけておいて、本当に行ってもいいのかな?」

「今更何言ってるの。お兄ちゃんの気が変わらないうちに早く行くよ」


 ヒスイはエアリアの手を引いて急いで立たせると、エイドの後を追いかけた。




 一足先に家に戻ってきたエイドは、エアリアが寝る場所を確保するため、物置部屋を掃除していた。

 しばらくして、ヒスイとエアリアも帰ってきて、二人はそのまま風呂へと向かった。

 片付けをしているとき、ふと今日の朝見た夢のことを思い出した。


「やっぱあれは不幸の前触れだったのか………」


 ざっと片付けを終え、来客用の布団を敷いたとき、後ろのドアが開く。振り返ると、エイドは思わず言葉を失った。

 一本一本が宝石のように輝く髪、見た目からわかる透き通る柔らかい肌、風呂上がりで少し赤みがかった頬。別人のように女性らしくなったエアリアがそこにいたのだ。


「お風呂お借りたよ。何から何までありがとうね」

「………………」

「エイド?」

「あ、ああ。今日はここで寝るといい」


 エイドは赤くなった頬を隠すため、うつむきながらエアリアの横を通り過ぎ部屋を出た。それを見エアリアは、ヒスイが言っていた、エイドが冒険者が嫌いだということを思い出し、避けられていると勘違いして少し肩を落した。




 時は少し遡り、エイド達が仕事を終えた頃、村から少しはなれた、暗く淀んだ森の中はいつもとは異なりざわついていた。

 森の動物たちは、何かに怯えるようにあちらこちらへ逃げ回っている。魔獣が騒ぎ始めたのだ。暗闇に潜む影は一体ではない。何十、何百といる。

 明らかに人語ではない何かを声として発するそれは、ゴブリンと呼ばれる魔獣だった。

 一体一体の脅威はないものの、群れを成し襲いかかってくるとなると話は別だ。知性も高く、過去に数百のゴブリンの群れに潰された村もいくつかあるほどで、決して侮れない魔獣だ。

 ゴブリンたちは、一か所に集まり、士気を高めるように奇声を上げている。

 すると、森の奥から地面が沈むような大きな足音が聞こえてくる。

 足音の正体が月明りで姿が見えた瞬間、ゴブリンたちの高揚は頂点に達した。


「X#,&j%QA……d`tyq`(さあ、お前たち……時間だ)」


 話しているのは、人間の身長の三倍はあろうと思われる巨大なゴブリンだった。そのゴブリンは通称、キングゴブリンと呼ばれている。

 ひと目でわかる盛り上がった筋肉は、まるで鋼の鎧を身にまとっているかのような、そんな威圧感がある。

 冒険者の中でも討伐難易度はかなり高く、非常に危険な魔獣だ。


「eJbcaT0d?rsGq`(今こそ力を示すときだ)!!」


 キングゴブリンが手に持った棍棒を振りかざし、ゴブリンたちに何かを言うと、ゴブリンたちは雄叫びを上げてスタルト村の方へと一斉に走り出した。




 一方で、そんなことを知らないエイド達は雑談をしていた。


「今日は本当にありがとう」

「困った時はお互い様だ。気にすんな」


 エイドは照れていることを隠そうとして一口水を飲む。

 何しろ、冒険者が苦手とはいえ、自分と歳が近い女性と話すのは経験がないため、少し緊張していた。

 エイドは何か会話をしなくてはと思い、


「と、ところで、お前は何で冒険者になったんだ?」


 当たり障りのない普通の質問をした。

 エアリアは、少し俯き感傷に浸るように言った。


「私の両親、冒険者だったんだけど、沢山の人を助ける両親の姿はすごい輝いて見えた。私もそれに憧れて冒険者を目指したの。でも、私が小さい頃に死んじゃってさ。それ以来、何もかも上手くいかなくて、一度冒険者になることを諦めたの」


 それを聞いたエイドは、エアリアに自分の姿を重ねながら聞いていた。


「でも、おばあちゃんや周りの大勢の人が励ましてくれてさ。おかげで今の私がいる。だから、私が助けてもらったように、今度は皆を助けられる冒険者になりたいって、そう思ったの。私のお父さんとお母さんがそうだったように」


 エアリアは、ふと顔を上げると、エイドがこちら見つめ優しく微笑んでいた。目が合い、少し恥ずかしくなったエアリアは慌て、


「ご、ごめんね!聞いてないことまでべらべらと」


 早口になり、顔を赤くしながら言った。


「いいや、良かったよ。エアリアが優しい奴で」


 エイドの優しい顔と言葉に嬉しくなったエアリアの口は自然と緩んでいた。


「ねえ、今私の名前初めて読んでくれたね」

「そうか?気のせいだろ」

「絶対に言った」

「だから言っていないって!耳垢詰まってんじゃねえのか?」


 そんなくだらない言い争いを微笑ましく見守るヒスイ。しかし、そんな穏やかな空気は一瞬で崩れ去る。

 言い争っていた二人は突如、背筋に寒気を感じる。顔から血の気の引いていくのを感じながら、同時に森の方を見つめる。


「何だ?この嫌な感じ………」

「…………!?エイドも感じたの?」

「ああ。背中を刃物でなぞられるような気持ち悪い感じだ」


 部屋の中に緊張感が張り詰める。そこでようやく、家の外が騒がしいことに気がついた。その時、エイドの家の扉を誰かが叩く。


「エイド!大変だ!森からすごい数の魔獣が攻めてきたぞ!」


 扉の向こうで叫ぶ声に、エイドの顔が青ざめていく。戸惑い固まるエイドの横を、いつの間にか剣を担いだエアリアが走り抜け、家を飛び出していった。エイドもその背中を追いかけるように家を出ると、目の前の光景に言葉を失った。

 村の周りは炎で囲まれていて、村全体がものすごい熱気で包まれていた。

 唯一の村の入り口のみ炎がないことから、入り口から逃げ出した村人たちを狩るために仕込んだ罠だろう。


「どうなってんだよ………」


 エイドが現状に理解ができず立ち尽くしていると、村の柵の上から声が聞こえる。目を向けると、そこには四体のゴブリンがこちらを見てニヤニヤと不気味に笑っている。

 ゴブリンは、そのまま柵を飛び降りて、見えるがままに襲いかかってくる。

 エイドは歯を食いしばり、拳を固く握りしめる。しかし、反撃する前に目の前のゴブリンはまとめて横に吹き飛ばされた。


「大丈夫!?」

「あ、ああ。助かった」


 助けてくれたのはエアリアだった。今までの彼女を見て戦えるのか心配していたが、冒険者としての実力は問題ないようだ。

 そしてもう一つ、エイドには気になったことがあった。それは、彼女が持つ剣だった。鞘から抜いた剣は酷く錆びていて紙が切れるかどうかも怪しい。


「エイドは戦える?」

「一応、剣は使えるけど」


 答えると、エアリアは腰に下げていたもう一本の剣をエイドに渡す。


「私はバリケード周辺を守る。エイドは村の中心に避難した村の皆をお願い!」

「ちょっと待て、いくら冒険者でも、それは流石に無茶――」


 エイドの忠告に聞く耳持たず、エアリアはバリケードに沿って走りだす。


「行っちまった。まあいい、ヒスイ、村の中心に行くぞ」

「うん…………って、ちょっと!歩けるから!」


 エイドは、ヒスイを強引に肩に担ぎ村の中心へ走る。

 村の中心には、すでに人が集まてっているのが見えた。しかし、何か様子がおかしい。

 よく見ると、ゴブリンが避難した人のすぐそこにまで迫っていた。


「冒険者は何人かいるはずだろ!?何やってんだ!?」

「エイド兄ちゃん、あれ!」


 エアリアが指さしたのは、村人たちが集まる中心だった。

 そこには、村人を盾にするように中心で身を丸めている冒険者がいた。近づくと、冒険者が何やら叫んでいるのが聞こえる。


「誰がこの国の平和を守ってやってると思ってんだ!何の役にも立たねぇ弱者が!せめて盾になってしっかり俺らを守りやがれ!」


 声がエイドのにと届いた瞬間、こめかみに血管を浮かばせながら言う。


「クズ野郎が…………!」


 エイドは、ヒスイを下ろして全速力でゴブリンの間合いに入り込む。

 少し遅れて気づいたゴブリンは、一斉にエイド目掛けて襲ってくる。

 一体はエイドの顔を目掛けて棍棒を投げ、一体は身をかがめて、短刀を足に突き刺そうとする。更に二体が左右から攻撃を仕掛けてくる。まさに隙のない攻撃だ。

 しかし、エイドは攻撃を冷静に対処していく。

 飛んできた棍棒を首だけを動かして避け、それを左手でつかむ。跳躍して、足の短刀をかわすと、右手の剣と左手の棍棒で横薙ぎの一撃を見舞い、左右のゴブリンを吹き飛ばす。

 そして、足元のゴブリンの頭を踏みつぶし、棍棒を投げてきたゴブリンに棍棒を投げ返す。棍棒は鈍い音を立てて、ゴブリンの頭部に直撃し、あっという間に無力化した。

 わずか数秒で四体のゴブリンを撃退したエイドに、村人たちは驚いていた。


「た、助かったよエイド!」

「こいつら、冒険者のくせに何にも役に立たねえんだよ!」


 村人たちの言葉など、エイドの耳に入っていなかった。それに気づいた村人は、


「お前ら、早く逃げた方がいいぞ」


 と、冒険者に逃げるよう促した。しかし、逃げるのが少し遅かった。

 エイドは、冒険者の前に立つと、胸ぐらを掴み固く握った拳を顔面に突き刺すように殴る。


「な、何すんだよ!」


 必死に抵抗する冒険者。しかし、エイドは馬乗りになり殴るのを止めない。

 冒険者の口が切れ血を流そうとも、歯が何本折れようとも、全く止まることはなかった。


「おい、その辺にしておけ!死んじまうぞ!」


 居酒屋の店長に腕を掴まれ、ようやく止まるエイドは、肩で息をしながらゆっくり立ち上がった。


「店長に感謝しろよ」


 エイドは、顔面の原型を残さないほど腫れ上がった冒険者に吐き捨てるように言った。

 一足遅れて、エイドを心配して様子を見に来たヒスイは、現状を見てやっぱりかと察した。


「店長、ヒスイとみんなを頼む」


 エイドは、ゴブリンが持っていた棍棒を拾うと店長に渡す。


「お、おう。でもお前はどうすんだ」

「今、一人で戦っている冒険者がいるんだ。助けに行かないと」

「昼の嬢ちゃんか」


 エイドは頷くと、何も言わずに急いでエアリアのもとに向かった。


「なあ、ヒスイちゃん。冒険者に手を貸すなんて、エイドの奴何かあったのか?」

「さあ。兄ちゃんも変わろうとしてるのかもね」


 店長はそうか、と少し嬉しそうに笑う。


「野郎ども!エイドに負けてらんねえぞ!男どもは武器を持て!この村を守るぞ!」


 店長の掛け声に、男たちは一斉に拳を上げ、声をそろえて雄たけびを上げる。

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