第1話 始まりの村
気がつくと、目の前の視界は上下逆さまになっていた。頭に鈍い痛みを感じる。どうやらベッドから転げ落ちたらしい。
最近、変な夢を見るようになった。夢の内容は殆ど覚えていないが、なにか大切なものを失った喪失感と絶望感が残っているだけだった。
「これは何かの前触れか?」
目覚めの悪さに、ため息をつきながら立ち上がる少年。彼の名前は《エイド・フローリア》。歳は今年で一七になる。この辺りでは珍しい、黒い髪に黒い瞳を除けば、どこにでもいるごく普通の少年だ。
寝癖だらけの頭を掻きながら地べたに座っていると、ドアの向こうから足音が近づいてくる。ドアの前で足音が止まると、女の子の声が聞こえてきた。
「エイド兄ちゃん、入るよ?」
開けて入ってきたのは、綺麗な翡翠色の髪を後ろで束ねた女の子がエプロン姿で立っていた。
彼女の名前は《ヒスイ》。歳は見た目からして一〇といったところか。というのも、彼女はエイドによって拾われたのだ。
当時の彼女は、ひどく怪我をしており記憶を失っていた。名前や年を聞いたが覚えてはいなかった。それでは不憫だと思ったエイドが、髪の色にちなんで名前をつけなのだ。
ヒスイは、周りの子供達より大人びていてなかなか友達ができないのが唯一の悩みだ。
「朝から何やってんの?」
「いや、なんでもない」
「そう、じゃあご飯できたから食べよう」
ヒスイは、呆れた様にエイドの姿を冷たい視線で見下すと、足早に部屋を後にした。
エイドは、ヒスイが座っているテーブルに向かい合うように座り、朝食を食べはじめる。今日は野菜スープとパン、いつもの朝食だ。しかし、いつもと違うのは、話を振ってくれるヒスイが、なぜか沈黙を続けていていることだ。
何かあったのかわからないが、気まずい空気をなんとかしようと、エイドは話しかけてみる。
「今日は友達と遊ばないのか?」
「友達いないし」
「そ、そうか……そうだったな、ごめん……」
逆に気まずくなってしまったエイドは、何事もなかったかのようにまたスープを飲む。
いつもこんなに気まずいわけではないが、なにか不機嫌になるようなことがあると、決まって今のように無言になる。
すると、エイドはいつも使っていたマグカップが今日は違うものになっていることに気づいた。それに加え、ゴミ箱の近くに紙に包まれたカップの破片らしきものが見えている。
原因がわかったエイドは、ほっとしたように微笑みながら言った。
「マグカップ、一緒に買いに行くか?」
すると、ヒスイは目を輝かせながら何度も頷くと、皿を豪快につかみ、一気にスープを流し込む。そして、遠足前の準備をする子供のように、自分の部屋へと駆け足で向かった。
エイドは、「大人びているとはいってもまだまだ子供だな」と、少しほっとした。
エイドとヒスイは準備を終え、マグカップを買うために外に出た。
「今日は商人が来る予定だから、もしかしたらいいのがあるかもな」
エイドが住んでいるのは《スタルト村》と言って、ここ《グラム大陸》の東に位置している小さな村だ。周りには平原が広がっており、西側には森がで覆われている。そのため、周りから魔獣の侵入を防ぐために、村の周りには木製の背の高い塀で囲われている。
この村は農業が盛んで、作物を売ることで生計を立てている。また、スタルト村の更に東と、村の北には国があり、そこから月に数回、商人がやってきて生活に必要なものを買って生活している。
しかし、最近では魔獣の活動が活発になり、商人が来る頻度が下がってしまっている。
エイドとヒスイは、商人がいるであろう村の中心の方へ向かって歩いていると、村の入口に何かが落ちている。
二人は、ぼろ雑巾のように見えたそれが何かを確かめるため、恐る恐る近づいてみる。すると、それは人だということがわかった。うつ伏せに倒れているため顔はわからないが、金色に輝き透き通る髪を後ろで束ねていることからおそらく女性だろう。
そして、ひと目見た瞬間、その女性の容姿から、二人は彼女が何者なのかを理解していた。
「エイド兄ちゃん、この人って」
「ああ、“冒険者”だな」
鉄の薄い胸当てに、背中に一本、腰に一本、計二本の剣を装備している。こんな装備をしているのは、冒険者しかいない。
冒険者について、そして今の時代について知るには、大陸中の誰もが知っているであろう、
――昔々、あるところに『魔王』と呼ばれる、それはそれは凶悪な怪物がいました。
人間のような骨格に、エルフのように不思議な力“魔法”を使い、獣のような角と羽、尻尾を生やしていた魔王は、いつ、なんのために、どうやって生まれ、どこからやってきたのか、全くわかりません。
ある日、魔王は強力な魔法を使い、世界を瘴気で覆い暗闇で包んでしまいました。この瘴気は、魔王や魔獣には良い環境となるが、それ以外の生物にとっては毒となる、それはそれは恐ろしいものでした。
人々は、瘴気に蝕まれ衰弱しながらも、なんとか生き延びていました。しかし、魔獣にいつ襲われるかという恐怖に怯える、まるで地獄のような日々でした。
そんな日々に絶望していたある日の出来事でした。暗く濁った空の下、とある国に一人の赤ん坊が産まれました。
しかし、その赤ん坊のことを人々は良く思っていませんでした。なぜなら、その赤ん坊の手には、不思議な紋章のような痣が浮かび上がっていたのです。
赤ん坊は、国の人々から魔獣の子と呼ばれ、処刑すべきだと国王が言うほどでした。
そんなある日のことです。いつものように、魔獣が襲ってきました。周りの泣き叫ぶ声や怯える声を聴き、魔獣の子は大きな声で泣き叫びました。
その直後でした。赤ん坊の紋章が強く光を放ち、みるみると広がり国を覆ってしまいました。
光に触れた魔獣は、蒸発するように煙を上げ、灰になってしまいました。残りの魔獣もその光から怯えるように逃げだしました。
その日、人々は初めて魔獣に怯えることのない夜を過ごしました。
それ以来、人々は徐々に反撃の力を取り戻していきました。
赤ん坊が産まれてから数十年経ち、赤ん坊は逞しく育ち、立派な少年へと成長しました。
すると国王はこう言いました。
「この元凶の魔王を討ってこい」
国民は、この国を守るものがいなくなると反対しましたが、少年は世界を救うためと承諾しました。
少年が旅に出てから四年が経った頃でした。突如、空を覆っていた瘴気が晴れていったのでした。隙間から漏れる、眩しく、温かい日差しが世界を包み込んでいきます。そして、全ての瘴気が晴れ、人々は百年ぶりに、青く透き通り、どこまでも広がる晴天の空を見ました。
その後、旅に出た少年の仲間と名乗る人が国を訪れると、仲間たちは旅の出来事を語りました。国王は、話を聞き、瘴気を晴らし世界を救ったのは少年だと知りました。しかし、少年は激闘の末、命を落としてしまったのです。
国王は、聞いた話をそのまま国民へと伝え、瞬く間に広がっていきました。
いつしか、少年は大陸獣から、こう呼ばれ讃えられました。
勇気ある
これがこの国に伝わる英雄譚だ。
この冒険譚が冒険者にどういう関係があるのか、それは魔王の残した魔獣である。
魔獣は魔力を生命の源として生きているが、大陸にもともといた猛獣たちと交わることで、繁殖力を手に入れたのだ。
魔王なき今もなお、繁殖し、数を増やしている魔獣たち。
そんな魔獣を放ってはおけないと、大陸の国王たちが集会を開き、ある決定をした。それが《冒険者制度》だ。
この制度は、魔獣の討伐を目的とした職業を作るというものだった。しかし、当初は命を落とす危険性や報酬も割に合わないと、誰も志願しなかった。しかし、それも時間の問題だった。
瘴気の影響か、世界が救われてからの数年、魔法を使える人たちが増加していったのだ。今では、人工の約九割以上は何らかの魔法が使えると言われている。
こうして力を手に入れた人々は、制度の内容を見直されどの職業よりも優遇された冒険者に次々と志願し、職業人工の約半数以上は冒険者だ。
そう、言わば今の時代は《冒険者時代》なのだ。
エイド達の目の前で倒れている彼女もその冒険者だ。
ヒスイは棒きれで女性の頭をツンツンしている。
「バカ、そんな汚いものツンツンしてはいけません。ほら行くぞ」
まるで道路に転がるう○こをいじる子供を注意するようにエイドは言う。
「そこまで言わなくてもいいんじゃ――」
ぎゅるるるるるるるぅ!!
ヒスイの言葉を遮るように、倒れている女性からすごい音がした。ヒスイは慌ててエイドの後ろに隠れる。
「も、もしかして、これ魔獣?」
「まさか!人の形した魔獣なんて聞いたことねえよ!」
警戒する二人に更に警戒心を与えるよう、再び大きな音がなった。すると、小さな声が聞こえる。
「……か……った」
どうやら倒れている彼女がなにか言っているようだ。二人は、最新の注意を払いつつ、耳を近づけてなんとかして聞き取ろうとする。
「おなか……へった……」
音の原因は、彼女の空腹だった。
二人は、呆れた顔で倒れた少女を見下ろす。
彼女はただ空腹で倒れていただけらしい。俺らの緊張を返してほしい。
「もう行くぞ、ヒスイ」
これ以上関わりたくないエイドは、早くこの場から離れようとする。と、その時だった。
村の入口から、犬の唸り声のような声が聞こえてくる。声のする方を見ると、そこには黒い毛を逆立てている狼、ブラックファングが三匹いた。
普段は最低でも六匹以上の群れで狩をする魔獣だが、何故か三匹しかいない。それも、森の中から滅多に出ない魔獣だ。
「ブラックファングが来るなんて珍しいな。ヒスイ、下がってろ」
エイドは、ヒスイをかばうように前に立つと、倒れている冒険者の背中にあった剣を勝手に外す。
「こらこら、ここに来ちゃだめでしょ?躾が必要みたいだな」
剣を鞘に入れたまま、エイドは肩にトントンと肩叩きをするように立っている。すると、見えるがままにブラックファングは一斉に襲いかかって来る。
左右の逃げ道を塞ぐためか、一瞬で左右に分かれる二匹。
エイドは、そのうちの右一匹を横薙ぎで吹き飛ばす。その透きを狙って、左から首を狙ってきたブラックファングを後ろに一歩下がり
攻撃をかわされ、無防備になったブラックファングの頭部を左の拳で叩き落とす。鈍い音を立てて、地面に張り倒されたブラックファングはキャウン!と高い声で鳴く。
そして、遅れて正面から飛びかかってきた最後の一匹を冷静に、剣で撃ち落とす。
この間、わずか十秒にも満たない程の速さで、あっという間に無力化したエイド。
やられたブラックファングは、おぼつかない足取りで立ち上がると、エイドから距離をとり、再び威嚇する。
エイドは、大きなため息を吐いて不気味な笑みを浮かべる。
「まだ躾が足りないのかな~?」
その威圧に、エイドの前に綺麗にお座りする三匹のブラックファング。
エイドは咳ばらいをして、指を立てる。
「伏せ!」
「「「わん!」」」
「ジャンプ!」
「「「わん!」」」
エイドの言われたとおりに動く三匹に、ヒスイは「狼っていうより、犬じゃね?」と、心の中で思っていた。
「ハウス!」
「「「わんわん!」」」
「もう戻ってくんなよ~」
エイドは、森に走っていくブラックファングに手を降って見送った。
「さてと、商人のとこに行くか」
一段落したエイドは、剣を冒険者の隣に放り投げると、何事もなかったかのように再び村の中へと歩き出す。それに驚いたヒスイはエイドを止める。
「エイド兄ちゃん、この人助けなくていいの?」
「んなのほってけ」
エイドは聞く耳持たず、その場から離れようとする。しかし、ヒスイも全く動かずおもちゃをねだるような眼差しでこちらを見つめてくる。
お互い一歩も譲らなかったが、先に折れたのはエイドの方だった。
「わかった。助けりゃいいんだろ?」
その一言を待っていたかのように、ヒスイの顔は一瞬で真顔に戻り、ゆっくり頷いた。
「おい、大丈夫か?立てるか?」
エイドは頭をペシペシと叩きながら倒れている少女に聞くが返事は一向に帰ってこない。しょうがないといった様子で、大きなため息をついたエイドは女性を乱暴に担ぎ村の中心へと向かった。
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