第3話 勇者の末裔

 エイドは侵入したゴブリンを退治しながら、エアリアと別れた場所に向かう。すると、目の前で複数のゴブリンに囲まれているエアリアを見つけた。

 エイドは急いで駆け付け、背後から襲いかかろうとするゴブリンを斬る。

 エアリアは驚いていたが、冷静に残りのゴブリンを吹き飛ばす。


「何でここに?村のみんなは?」

「村の皆は大丈夫だ。それより、お前は大丈夫なのか」

「なんとかね。でも、いくら倒してもキリがない」


 いくら知恵が働くゴブリンとは言え、ここまで用意周到で戦略を立てることはできない。考えられる中で最悪の可能性が、エイドの脳裏によぎる。


「この知性の高さは、仕切ってんのはキングゴブリンか!?」

「可能性はあるね。村の外からすごい嫌な感じがする」

「だからか。さっきから村の外から嫌な感じが伝わってくる」

「エイドも感じるの?」

「ああ、こんなの初めてだよ」


 不思議そうな表情を浮かべ、何かを考えている。そして、何かに気が付いたのか、エイドを見て言う。


「ゴブリンたちは、親玉であるゴブリンに従う。だから、キングゴブリンを倒せば群れは引いてくれるはず」

「なんだ、簡単じゃねえか。じゃあぶっ飛ばしに行こうぜ」


 エイドは笑いながら村の柵を飛び越えようと近づこうとするが、エアリアに腕を掴まれ止められてしまう。


「ちょっと待って!キングゴブリンだよ!?討伐ランクで言ったら金等級ゴールドランクはある。そんな危険な相手に、冒険者でもないあなたを戦わせるわけにはいかないよ。戦うのは、冒険者である私の仕事」


 冒険者には階級があり、下から順に、《銅等級アイアンランク》、《銀等級シルバーランク》、《金等級ゴールドランク》、《白金等級プラチナランク》、そして、最上級の《金剛石等級ダイヤランク》がある。

 駆け出しの冒険者であるエアリアは銅等級に該当する。

 魔獣の討伐ランクの基準としては、おおよそではあるが、討伐対象の必要等級が、金等級となった場合、銀等級の冒険者が四人以上、金等級の冒険者が二人以下で討伐できる強さである。

 つまり、冒険者でもないエイドと、駆け出しのエアリアがかなうような相手ではない。


「金等級とか何等級とか知らねえけど、それだけやばい魔獣ってことだろ?だったらなおさら、お前一人で行かせるわけには行かないだろ」


 エイドは、軽々と自分より背の高い塀に飛び乗ると、エアリアに手を差し伸べながら言う。


「それに、二人なら勝てるかもしれないだろ?」


 エアリアは嬉しそうに頷き、エイドの手を取り塀を超える。

 二人は気配がする方を見ると、ざっと見て五〇体以上のゴブリンに囲まれる、大きなゴブリンがいる。


「あいつか………」

「そうみたいだね」


 改めて見ると、相当手強いというのが伝わってくる。

 二人の存在に気付いたキングゴブリンは周りのゴブリンたちに向けて何かを叫ぶ。直後、十体以上のゴブリンたちは一斉にこちらに向かって来る。


「喧嘩っ早いな!」

「背中は任せたよ!」


 エアリアとエイドは背中合わせで剣を構える。

 エアリアは迫りくるゴブリンを横薙ぎで吹き飛ばすと、回転の勢いをそのままに、次の一体を蹴散らす。その隙を横から狙うゴブリンにエイドの斬撃が襲う。

 更に、エイドはエアリアの邪魔をさせないように、エアリアに襲いかかるゴブリンを次から次へと薙ぎ払っていく。

 初めて戦うとは思えないほど、阿吽の呼吸の戦いを見せるエイドに、エアリアは少し気持ち悪さまで覚えていた。


「初めてなのにこの連携………あなた何者?」


 エアリアがボソッと呟いた、その時だった。


「=k&),Fd`*\(炎よ、弾けよ)!」


 キングゴブリンが何かを叫んだ瞬間、キングゴブリンの頭上に炎の球体が現れる。

 空気を吸い込みながらしだいに大きくなった炎の球体を投げつけるように腕をふると、ゆらゆらと不安定に形を変えながら、ゴブリンを相手している二人目掛けて飛んでくる。


「それは聞いてねえぞ!?」


 エイドは冷や汗を流し、剣を目の前に構え防御体制をとる。


「ちょっとごめん!」


 その後ろから、エアリアはエイドの頭を踏みつけ前に出ると、錆びた剣を振りかざす。

 直撃する直前で、エアリアは炎の球体を斬りつける。

 爆発すると思ったエイドは思わず目を逸らそうとしたが、目の前に光景に釘付けになる。

 それは、炎の球体が真っ二つに切られると、ぎゅるん!と音を立てながら徐々に剣の中に吸い込まれていく。


「なんだその剣………」


 頭を踏まれたことなど忘れ、心の声がそのまま出てしまったエイド。

 エアリアは剣を構えながら自信満々に答える。


「これは、かつて勇者が使っていた剣、《聖剣・エクスカリバー》!は黄金には輝いてないけどね」

「エクスカリバーって、なんでお前がそんな国宝級の剣を持ってんだよ!」


 エイドが言うように、聖剣は神機と呼ばれ世界に七つしかないうちの一つという、かなり貴重な武器だ。

 勇者が死んだあと、行方が分からなくなっていたが、どういうわけか、エアリアが持っていた。

 あれ?と不思議そうな顔をしながらエアリアは答える。


「言ってなかったっけ?私、勇者の末裔だって」

「は?」


 思考が停止しているエイドに、エアリアは左手付けているグローブを外して見せる。そこにはある紋章が浮かび上がっていた。

 それは、誰もが知る英雄譚に載っている、勇者の紋章だった。しかし、勇者の紋章とは少し異なり、何か足りないような紋章だった。

 目の前の事実にエイドの口は開いたまま塞がらない。


「ゆ、勇者の末裔?勇者に子供がいたのか!?」

「そういう事になるね」


 当然のように言うエアリアに、エイドは驚きを隠せない。


「でも、そんな話聞いたことねえぞ。そもそも、なんで今まで公にならなかった?」

「そんなこと言われても知らないよ!って、ほらまた来るよ!」


 話をしているうちに、再び炎が飛んでくる。それをエアリアが切り裂いていく。

 次から次に押し寄せくる魔法をエアリアは次々に切り裂いていく。

 エイドとエアリアはなかなか近づけず、その場にとどまっていた。


「これじゃあ攻めれねえ。キングゴブリンっていうのは魔法も使うのか?」

「こんなのありえないよ。普通、キングゴブリンは魔法を使わない。魔法を使うのはメイジゴブリンだけ」

「じゃあ、目の前のあいつは何なんだよ?」

「キングゴブリンの筋力とメイジゴブリンの魔法、両方のいいとこ取りをした怪物ってことだね」


 あまりのイレギュラーな存在に、エアリアは緊張からか、冷や汗を流して引きつった笑みを浮かべる。


「チートかよ」


 エイドは舌打ちをしながら、何か方法はないかと攻撃を交わしながら頭を回す。

 この炎を突破しつつ、キングゴブリンを守るゴブリンの壁も突破する方法があるはずだ。

 その隣で攻撃を防いでいるエアリアが息を切らしている。このままでは、やられるのも時間の問題だ。

 その時、エイドはある作戦を思いついた。


「なあ、一つだけ、賭けの要素がでかい策があるんだけど、付き合う気はねえか?」

「いいね。どちらにしても、このままでは埒があかない」

「そう来なくちゃ」


 エイドは端的に作戦を伝える。すると、エアリアは驚いたあと、クスっと笑って頷いた。


「本当に賭けだね、でも、嫌いじゃないよ、そういう賭け」

「タイミングちゃんと合わせろよ」


 エイドはそういうと、左のポケットから何かを取り出す。すると、メイジゴブリンの方を見ながら何か呟く。


「一、二、三………」


 メイジゴブリンの頭上に再び火球が作り出される。


「今だ!」


 エイドは、待っていたかのように合図を出すと、エアリアが地面を蹴り、一気に距離を詰める。

 ゴブリンの目の前にたどり着いた瞬間、火球はエアリア目掛けて放たれる。


「タイミングばっちり!」


 エアリアは、まるで来ることがわかっていたように、火球を斬る。

 エイドは、エアリアが魔法を切っている間、炎が放たれるまでの時間を数えていていたのだ。そして、次に炎が作られるまでにかかる時間が十秒ということに気が付いたのだ。

 エアリアは、炎を切った回転の勢いをそのままに利用して後ろを向く。そこには、エイドが軽く飛び、宙に浮いている。


「いくよ!」


 エアリアは、しっかりと両手で剣を持ち、平の部分を足に当てそのままエイドを高く飛ばす。メイジゴブリンを守るように固まるゴブリンの群れを飛び越えながら、キングゴブリンとの距離を一気に詰める。


「くらえ!」


 エイドは左手に持っていた何かを、メイジゴブリンの口目掛けて投げる。吸い込まれるように口に入ると、メイジゴブリンは絶叫と共に口を押える。

 口の周りは瞬く間に真っ赤になり、額からは汗が噴き出してくる。

 してやったぞと言わんばかりの顔でエイドは言う。


「どうだ。しびれる旨さだろ!」


 これは、先程エアリアに食べさせた、ライカ木の実だ。それを十粒以上も口に放り投げたのだ。

 流石のメイジゴブリンもこれには耐えられず、口から唾液を流し息を荒げる。


「メイジゴブリンの魔法は、詠唱で発動している。口が動かせなきゃ、詠唱もできず魔法も使えなくなる。まさか、本当に効くなんてね」


 エアリアはエイドの作戦に関心しながら、それをやってのけるエイドの戦闘センスに少し驚いていた。


「これで終わりだ」


 エイドは改めて剣を構え、空中から落ちる勢いそのままに、胸部に狙いを定める。

 魔獣には人間と同じで核がある。この剣を突き刺せば終わる――はずだった。

 メイジゴブリンの怒りが頂点に達したのか、鼓膜を突き破るほどの咆哮が響く。

 風の塊が押し寄せ、体勢が崩れたエイドは、慌てて地面へと着地する。

 そして、顔を上げると、メイジゴブリンの筋肉が風船に空気が入るように、みるみる膨れ上がり、体格は一回り以上大きくなっていたのだ。


「なんだよこれ………!?」


 エイドは、ありえない光景に、襲いかかった恐怖により固まっている。

 その時、メイジゴブリンは拳を強く握りしめて身構える。

 攻撃が来ると気づいたエアリアは、エイドに叫んで知らせる。


「エイド!逃げて!」


 エアリアの声で我に返ったエイドは、目の前の状況を把握する。

 大砲の玉のように大きな拳が、すでに目の前に迫っていた。避けることは不可能だと判断したエイドは、衝撃を和らげようと咄嗟に後ろに飛び、剣を拳と体の間に挟むように構える。

 拳は、エイドの全身を叩きつけ、剣をいともたやすく粉々に砕く。


「ぐっ………!?」


 エイドの体は、後ろにいるゴブリンを巻き込みながら吹き飛ばされる。エアリアは、咄嗟にエイドの後ろに立ち、受け止める。

 踏ん張り、数メートル地面を滑ってようやく止まる。


「大丈夫!?」

「………こんなもん、屁でもねえ………」


 肺の中の空気を強引に吐き出されたエイドは、息を整えて強がる。

 直後、吐き気に似たようなものを感じたエイドは、こらえられず腹から込み上げるものを吐き出す。

 すると、血が塊のように口からあふれ出す。落ち着くために空気を取りこもうとするが、胸に激しい痛みを感じる。恐らく、あばら骨が何本か折れ、内臓が傷ついてしまったのだろう。


「ちょっと、どこが大丈夫なのよ!?」

「大丈夫ったら大丈夫だ……それより、あいつまたでかくなってないか?」

「…………こんなのありえないよ。あれは今までの炎の魔法じゃなくて、身体強化の魔法。いくらメイジゴブリンと言っても、二種類の魔法魔法を使うなんて前例がない。しかも、詠唱もなしなんて」


 エアリアは冒険者だからこそ、目の間の異常さがわかる。

 冒険者にとってこういった異常事態が最も恐ろしい。今までの常識が通用せず、何より、対策を一から立て直さなければならないからだ。

 エアリアは、冷や汗を流して現状をどう打破するかを考える。しかし、この絶望的な状況を打破できるだけの策は思いつかない。

 二人が立ち止まっていたその時、メイジゴブリンは屈んで身を小さくし、こちらを睨みつけている。

 二人は、背筋に嫌な寒気を感じ取り左右に飛ぶ。直後、メイジゴブリンは周りを囲っていたゴブリンを薙ぎ払いながら、たったの一蹴りで二人の目の前まで距離を詰めていた。

 空を切る拳は、地面に突き刺さると、周囲数メートルが陥没する。

 二人は、あと少し逃げるのが遅れていたらと想像してぞっとする。それでもなお、二人は冷静に動く。

 エイドは、ゴブリンが持っていた近くに転がっていた剣を拾い上げ、足を斬りつける。しかし、浅い傷を付けただけで刃は全く通らず、折れてしまった。

 同時に動いていたエアリアも、下がった頭の右目を斬りつけ、そのまま足を斬りつけたあと、距離を取り体制を立て直す。


「右目は潰たよ!」

「なかなかやるじゃん」


 二人は並んでメイジゴブリンに向かって構える。

 怒り狂っているメイジゴブリンは、痛みを感じないのか全く怯むことなくこちらを睨みつけている。

 ダメージを与えて体力を消耗させることは不可能となると、やはり隙をついて、核を破壊するしかない。

 エイドは、足ががくがくと震えだし、力が抜けていく。自分の体に蓄積されるダメージをひしひしと感じていた。

 このまま消耗戦になると、先に倒れるのは自分だと気づいたエイドは、覚悟を決めたように言う。


「エアリア、一つ頼みがある」

「何かいい案でも思いついた?」

「俺が隙を作る。だからその聖剣で核を破壊しろ」

「無茶だよ!あの破壊力にスピード、金等級の冒険者が数人いても勝てるかどうかわからない相手に、私達が勝てるわけない!」


 エアリアはエイドを止めようと声を荒げる。しかし、エイドは全く動じることなく答える。


「だからこそだろ。このままじゃ勝てねえ。誰かが隙を作らねえとあいつには勝てない。

 俺には死んでも勝たなきゃならねえ、村を守らなきゃならねえ!」


 エアリアは、覚悟を決めた気迫あるエイドの顔を見て、自分がなぜ冒険者になったのか、何のために戦っているのかを思いだす。

 冒険者でもない彼が覚悟を決め、戦おうとしているのに弱気になっている自分が恥ずかしい。

 エアリアは、気合を入れ直すため自分の頬を思い切り叩く。それに驚き、エイドは体全体をビクっ!と大きく震わせる。


「ごめん。今のは無し。あと、エイドが死ぬのもだめ。絶対生きて帰るって約束して」


 エイドは、少し怒った口調になったエアリアに気圧されてしまった。


「ああ、わかったよ」

「わかればいいよ」


 緊張感が渦巻く中、二人は笑っていた。


「それにしても、冒険者になってすぐこんな危険なことに巻き込まれるとは、お前もついてないな」

「お互い様でしょ。それに、巻き込む必要のないエイドまでこんな目に合わせちゃったし、冒険者失格だよ」

「お互い様なんだろ?気にすんな」


 エイドは、エアリアに拳を向ける。どういう意味か分かっていないエアリアに、自分の拳をぶつけるようエイドは促す。

 そこでようやく、男の人達がよくやるあれだと理解したエアリアは、拳をぶつける。


「さあ。あのデカブツをぶっ倒そうぜ!」

「うん!」

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