第10話 やった……

 意識を取り戻した俺は、帰宅している最中だった。

 大慌てで引き返し、学園へと戻る。


(事件は……? 爽夜さわや先輩はどうなったんだ?)


 ムシノの姿は見えない。

 だが、事件がなくなったのかどうかも、俺にはわからなかった。


(先輩が、無事に帰れたどうかだけでも、確かめてみよう……)


 そう思って、校舎に近づいたとき、ようやく俺は気がついた。

 きれいなのだ。

 壁も、地面も。

 ムシノに攻撃された跡がない。破壊されたはずの校舎は、すっかりと元通りになっていたのだ。


(やった……)




「……のか?」




 まだ、成功したことが信じられなくて、いまいち実感がわかなくて……不安を拭えなかった俺は、先輩に乗り移ったとき、自分で移動した地点にまで、様子を見に行った。

 近所のカフェだ。

 ここを通りすぎようとした辺りで、俺の意識は途絶えている。

 現場の周辺を、走りまわって軽く確認してみたが、やはり、だれかが争った形跡は見られない。




「あの……すみません。さっき、ここで事件か……何かが、ありませんでしたか?」




 勇気を出して、近くの通行人に声をかければ、そいつは俺に対して、肩をすくめただけだった。




「知らないな。もし、そんな事件が、本当にあったのであれば、憲兵が出動しているんじゃないか?」




(憲兵……)


 この世界の、警察組織みたいなものだ。

 たしかに、あれからかなりの時間が経っている。目撃者がいれば、通報していてもおかしくないか。




「そっか……。事件のことを、憲兵に知らせるだけでも、よかったのか……」




 俺の行動は、ひょっとすると、無駄だったのだろうか?

 ……いや、憲兵に連絡すれば、事件は、早期に解決できるかもしれないが、先輩が怖い思いを、しなくなるわけじゃない。これでよかったんだ。


(俺は……先輩を救ったんだ)


 小躍りしそうになる気持ちを、どうにか抑え、俺は自宅へと戻った。

 自宅といっても、家じゃない。そこは学生寮だ。

 飯は用意されるし、周囲とはコミュニケーションを、取らなくても生きていける。なので、俺にとっては、まあまあ居心地がよかった。


(別に……いたくて、一人でいるわけじゃないんだけど……)


 友達と、楽しく遊ぶことには憧れているが、どうやって人との距離を、縮めればいいのかがわからない。今までずっと、俺の人生は、耐えることだけがすべてだったから、そんなことを学ぶ余裕なんか、どこにもなかったのだ。

 時間的にも、気持ちの問題でも。


(相変わらず、隣がうるせえ)


 騒がしい同居人が、数多くいることだけは、この寮の欠点と言えたが、迫害されるのに比べれば、天と地ほどの差がある。わざわざ不満を言って、改善してもらうほどじゃない。


(言い争いにもなりたくないしな……)


 今日はもう疲れた。

 色んなことがあった。本当に俺の人生かよってくらい、はちゃめちゃだった。

 俺はベッドに大の字で横になる。


(やべ……夕飯)


 取り忘れてしまった。

 

(まあ、いっか……)


 明日の朝にでも食べよう。そのほうが、きっと、気分よく食べられるはずだ。

 だが、次の日。

 爽夜さわや先輩は学園にこなかった。

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