第9話 そうだ……! この事件そのものを、なかったことにしてやる

(少し前の自分に戻ったところで、意味がない)


 俺では先輩を止められないし、ましてや、事前にムシノを倒せるわけでもない。


(じゃあ、どうすればいい?)


 どうすれば、先輩を守れるというのだ。何をすれば、事件に遭わずに済むというのか。




「……事件?」




 ひらめいた気がした。


(事件が起きなければ……先輩が巻きこまれることもない)


 ならば、事件を起きなくしてしまえばいい。簡単な話だった。


(そうだ……! この事件そのものを、なかったことにしてやる)


 確率の隙間イラトベラー

 直前の行動を変え、先輩をこの場から逃がす。できるだけ遠くに。


(時間はたぶん、放課後になった瞬間)


 そこから、全力で学園から避難する。




「行けるのか……これで?」




(思いだせ……あいつらの情報を。……三人組。……うち二人は車で去っていった)


 そう、去っていったんだ。

 やつらは目的をおえたからこそ、この場から消えた。その目的は人さらいに違いない。ならば、やはり、学園から距離を取るだけで、いいはずだ。




「ごめん……先輩。少しだけ、その体を借ります」






❀❀❀✿❀❀❀






 気がつくと、そこは校舎の中だった。

 窓ガラスに反射する、自分の顔を見て、タイムリープが成功したことに、気がつく。本来のものと違って、その顔かたちが、ひどくきれいだったからだ。

 手も少しだけ細くて、俺のよりも長い。


(見とれてる場合じゃない……)


 いち早く、先輩を逃がさなければいけないのだ。

 俺が駆けだそうとすれば、慌てて、その手を引きとめる者があった。




爽夜さわや、待ってよ。日直の仕事が、まだ残っているじゃん。一人で帰らないでよ」




(……クソっ。先輩が遅くまで居残ってたのは、そういう理由だったのか)




「ごめん……なさい。次、2倍の作業する……ので、帰らせて……ください」




 言いおわるより先に、俺は自分の手をつかんでいる、華奢な腕を強引に振りほどいて、駆けだしていた。


(絶対に不信感を持たれた……。先輩、あんなコミュ障じゃないもん!)


 だが、気にしてはいられない。

 外靴にかえる時間さえ惜しくて、俺は上履きのままに、校舎を飛びだす。

 そうして、どこへ向かえばいいのか、それもわからぬままに走りつづけた。

 不思議な感覚だった。

 自分が動かしているはずなのに、その体は、やはりどこかしっくりこなくて、走っている間も、今に足がもつれるのではないかと、とても不安だった。ただでさえ、俺は運動ができないのだから、なおさらのことであっただろう。

 ふつうに正門を使わなかったのは、万が一のことを考えてだ。

 そして、10分ほど経ったころ、唐突に俺の意識は消失した。

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