第6話 無理じゃん、こんなの……! どうにもならねえって……

 飛びだすのは無謀だ。

 はたと気がつき、おそるおそるにそちらを覗けば、爽夜さわや先輩は、三人の大人に囲まれていた。

 異様ないでたちをした連中だ。

 一人は、真っ黒な服装で身を固め、その隣にいる人物は、パジャマでも着ているのか、パステルカラーのゆらゆらとした布を、雑にまとっていた。おまけに、最後の一人にいたっては、半そで半ズボン。元の世界で言う、完全に小学生の格好だ。

 だが、念のためにくり返せば、全員が大人である。体格だけで判断するなら、半そで半ズボンの人間が、一番やばい。盛りあがった筋骨が、遠目からでもわかるほどである。


(なんだよ、こいつら……)


 そこで、俺は奇妙なことに気がついた。

 声の内容とは裏腹に、だれも爽夜さわや先輩のことを、拘束していないのだ。




「えっ……」




 それでも、何かに腕をつかまれているのは、確かなことのようで、必死になって先輩は、振りほどこうと身をもがいている。


(どうなってんだよ……)


 この世界に魔法なぞない。

 ないはずなのだ。

 だからこそ、代わりにオートマトンがあって、それを駆使して戦っている。そのはずだ。少なくとも、俺が見てきたこの半年間は、そういう世界であったはずなのだ。




「お前ら、何やってんだ!?」




 奥から聞こえた声に、さらに頭を乗りだして見てみれば、顔に覚えのある人物が、立ち向かっていくのがわかった。


(優等生……)


 さすがだ。

 優等生が、並外れた体術使いであることは、俺も知っている。一度、ヒートアップしすぎた喧嘩の、仲裁をするところを、見たことがあったからだ。あの乱暴ないじめっ子が、手も足も出ずに、完全にやられていたのだから、相当に強い。

 これならば大丈夫なのではないかと、俺が安心したのも、つかの間だった。

 驚いたような表情を浮かべ、呆然と立ちつくす優等生をよそに、黒服がやつを吹き飛ばしたからだ。

 後方の壁。

 背中から、勢いよく打ちつけられた優等生は、力なく頭を垂れ、うなだれた状態のままに動かなくなる。




「一撃……」




 黒服がどうやって倒したのか、そんなものまではわからなかったが、これで頼みの綱が切れたことも、また確かだ。倒れた優等生の様子を見て、爽夜さわや先輩も、どことなく抵抗する力を、弱めたような気さえする。

 残っているのは、見渡す限りでは俺一人。


(どうにかしなくちゃ……)


 でも、どうやって?


(無理じゃん、こんなの……! どうにもならねえって……)


 あんなに強かった優等生でさえ、あのありさまだ。

 瞬殺。

 マコトVS優等生なら、確実に俺が秒殺される。そんな俺が、優等生よりも遥か格上に、真っ向から勝負を挑む?

 無理だ。

 命がいくつあっても足りない。


(でも、それじゃ……先輩が)


 俺の葛藤をよそに、黒服たちは仕事をおえたようで、爽夜さわや先輩を連れ、車に乗りこんでいく。……と思ったら、半そで半ズボンだけは、その場に残った。




「おい、ムシノ。どうした? 早く乗れ」




(ムシノ……。それがやつの名前か?)




「先に行け。あっちに一人、俺たちを見ている人間がいる」




(あっちって……)


 考える暇もなかった。

 そのときにはすでに、ムシノと目があっていたからだ。




「そんなやつはどうでもいい。……急げ」

「いや、ダメだ」




 ムシノは黒服の顔を見ることなく、首を横に振って話をつづける。当然のように、その目は俺のほうを向いていた。

 ちょうど、獲物を見つけた狩人のように。




「やつの目が気にいらねえ。怯えの先に、どうにかしてやろうっていう、妙な気概が見えた」




 黒服が呆れたように、小さく首を振る。きっと、ため息もはいたことだろう。




「勝手にしろ……。ナルミヤさんには、そう伝える」

「悪いな」

「……。車を出せ」




 遅れて、車が俺の横を通りすぎていく。不安げな表情をした先輩と、目があったような気がしたが、それはたぶん、俺の勘違いなのだろう。自動車のサイドガラスは真っ黒で、中を見通せるようには、なっていなかったからだ。




「待たせたな、坊主」




 ムシノは半笑いで、ゆっくりと俺に近づいてきていた。

 別に、待っていたわけじゃない。単に、動けなかっただけだ。


(逃げなきゃ……)


 そう思って立とうとするが、全然体に力が入らない。

 みっともなく尻もちをつけば、ムシノが遠くで、ファイティングポーズを取っていた。

 拳が動く。

 直後、すさまじい風圧が俺を襲った。

 直線的な風だ。

 髪がなびいたと思ったら、次の瞬間には、頬に軽い痛みを覚えていた。

 血だ。

 触れなくてもわかる。

 今、俺はムシノに、頬を切り裂かれたのだ。

 風の勢いは、それだけではとどまらず、視線をおろせば、地面に軽い凹みを作っていた。


(冗談だろ……?)


 笑えない。

 いったい、なんの場面を、俺は見せられているというのか。俺とムシノとの間には、まだ10メートル以上の、距離があるにもかかわらず、このふざけた威力だ。

 あたればただじゃ済まないどころか、即座におだぶつだ。




「どうした、坊主? どうにかできると思ったんだろう? なあ、しなきゃいけねえと感じたんだよな?  だから、逃げださず、隠れて頃合いを、うかがっていたんだろう? ハッハハハ……面白おもしれえ冗談だ。……貴様のように矮小な存在が、本当に何かをできると、そう思ったのか!?」




 再度、拳が突きだされる。

 それはわざと外したのだろう、俺をいたぶるために。

 地面が穿たれ、跳ねた砂利が俺の目に入った。




「うぁ……」




 瞼を押さえ、ようやくのことで立ちあがれば、俺はわき目も振らずに、その場から逃げだしていた。

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