第4話 ここは……地獄だ
案の定、早々に動けなくなった、俺のオートマトンは、ほかの生徒に押されて尻もちをつき、そのままタコ殴りにされた。きっと、今朝のあいつらに違いない。
何もなかった。
俺にできることも、俺に与えられた能力も。
(むしろ、呪力とかいう、謎のステータスが増えたぶんだけ、みんなとの差が広がってんじゃん……)
教室なんかに戻りたくはなかった。このまま、家に帰ってしまいたかった。不幸中の幸いか、カバンも窓から捨てられたままで、どこか校舎の付近に、落ちているはずだった。
「ああ……ダメだ。そういや、まだ俺、自宅の位置さえ、思いだせてねえんだった……」
教室に戻れば、もはや俺なんか、元から存在していなかったように、クラスメイトがふるまっていく。
「なあ、知っているか? 憲兵のエースが、また事件を解決したらしい」
「あたぼうよ。すげえよな」
俺がドアを開けても、見向きもしない。まさに、空気のような存在だ。
正直、それはそれで楽だったのだが……。
(でも、空気って、そこにいてもいいことを、指す言葉じゃない)
存在を許すわけじゃないのだ。できればいなくなってほしいし、そうなるように、積極的に嫌がらせをするという、そういうことを指す言葉が空気だ。
「オートマトン、またお前が一位だったな」
一番前の座席に腰かけている、イケメンの生徒に向かって、別のだれかが口を開く。
(そうか、やたらと操縦がうまかった機体に、乗っていた人物は、こいつだったのか……)
うらやましい限りだ。名前もわからぬ優等生。
「たまたまだ」
「またまた~」
そう言って、そいつは肘でぐりぐりと、優等生の体を押して戯れる。一方の俺は、後ろからきた生徒に、背中を思いきり殴られていた。
今度は転ばなかったのだが、それはかえって不運だった。教卓に鼻から激突したからだ。
ぽたぽたと、赤い鮮血が鼻から垂れる。
「
そう言って、そいつは笑う。
こんなやつが笑顔でいるのは、間違っていると、心の底から強く思う。
でも、現実には、俺のような力なき存在が、ひたすら虐げられるばかりで、それを覆してくれる何かが、突然現れるわけじゃない。
(……自分でやらなきゃ、何も変わらない)
それは、そのとおりだと俺も思う。
だけれど、実際、何も持っていないやつが、努力して自分を救うだなんて、できるわけがないじゃないか。
「おい、やりすぎだ。そのへんにしとけ」
優等生が視線をこちらに向け、そう口で注意すれば、そいつは舌打ちをしながらも、俺のそばから離れていく。いじめっ子も恐れる優等生。
格が違う。
さすがすぎて、もはや羨むことさえ、今の俺にはできそうもない。
「あり……。ありが……とう、ございます」
それでも……。どうせ助けてくれるのであれば、もっと早くに助けてほしいと、そう願ってしまうのは、そんなにも悪いことなのだろうか。
みじめだった。
本当は、注意してくれただけでも、十分にありがたいことだ。それは俺もよくわかっている。大抵の人間は、こんな現場に遭遇したって、できるだけ自分が関わらないように、上手にふるまうだけだ。それに照らせば、優等生の行動は、称賛されることがあっても、非難されるいわれはない。
(わかってるさ、俺だってそんなことくらい!)
だけれど、行き場を失った無数の不満が、心の中で暴発しては、悲しみとなって俺を襲う。
唇を噛んで鼻血を拭えば、それはずいぶんと透き通っていた。
血ではない。
いつの間にか、自分でも気づかぬうちに流していた、大粒の涙だった。
(ここは……地獄だ)
そうして、向こう6か月にもわたり、俺の地獄はつづいた。だが、ある日、きてしまったんだ。先輩が事件に遭う日が。
それが俺の運命を変えた。
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