第24話「美少女の駆け引き」


人懐こそうな顔をした、若い衛兵……名前は忘れたけれど、彼は廊下で私を見つけるなり、嬉々として駆けて来た。


「王女殿下、買えました! 買えましたよ!」

「まぁ、本当に?」


 そう言って私に見せ付けるように、かわいらしいデザインの紙箱を掲げる。

 その中身は、城下町にて話題沸騰中のお菓子である。


 私は常でさえ大きな瞳を零れ落ちんばかりに開き、組み合わせた手を胸元近くへと持ち上げる。

 今日の私の装いは、春らしいクリーム色のドレスで、所々に差し色として若草色を用いている。

 襟ぐりが深く開いていて、私の手の動きに釣られるように彼の目線が胸元に移動したのは、きっと気のせいではない筈だ。


「嬉しい! きっとアスヴァレン様にも喜んでいただけます。お忙しい中、本当にありがとうございます」


 花が咲いたような笑みを浮かべ、無邪気に礼を述べると、彼は照れ臭そうに笑った。


「いやいや、お安いご用ですよ」


(ま、そうでしょうね)


 私は表面上はにこにこと笑いながら、内心では冷めた感想を呟く。

 城内の警備や見張りという仕事は、なかなかに退屈だろう。

 だからと言ってカードゲームに興じるわけにもいかないし、時には名前のない雑用に手を貸さなければならないこともある。

 そんな中、かわいらしい「王女殿下」の頼みを引き受けるという形で町に繰り出す口実になるのなら、それに応じない手はない。


 陛下率いるブラギルフィア騎士団が王都を立ってから、そろそろ一週間になる。

 彼とは、その間に顔見知りになった。


 依然として、私が置かれている立場は微妙である。

 陛下が留守の今、心細さは余計に増した。

 なら、情報源及び味方を作っておいて損はない。


 挨拶程度とは言え、何日か顔を合わせている内に、相手の性格というのも何となくわかってくるものだ。

 大抵の兵士は、私に関心を抱きながらも、マティルダから何か言われているのか、あまり踏み込んで来ようとはしない。


 けれど、彼は世間話程度に声を掛けて来た。

 それに、こちらから話を振ると嬉々として応じてくれた。


 ……よし、与しやすいタイプだ。

 そう思った私は、彼と友好関係を築くことにした。

 と言っても、それほど特別なことをするわけでもなく、笑顔と共に労いの言葉をかけたり、たまに世間話に応じたりするぐらいだ。


 お世話になっているアスヴァレン様に何かお礼がしたいのですが、いい案はないでしょうか?

 そんな相談を彼に持ちかけたのは、昨日のこと。

 アスヴァレンの甘い物好きは城内の誰もが知るところで、彼もまた「お菓子なんかどうです?」と言った。


 当然、それしきのことを私が考えない筈がない。

 でも、アスヴァレンは城内で手に入るお菓子は既に食べ尽くしている。

 彼を「口説く」には、何か目新しい要素が必要だ。

 それとなくそう伝えたところ、彼は仲間内から件の話題店の情報を仕入れた上で、件のお菓子を買いに行ってくれたという次第だ。


 私は一刻も早く次の目的に移りたいのだけど、彼はもう少し私と話がしたそうだ。

 面倒だな、とは思ったものの今後のことを考えれば相手の心証を良くしておく必要がある。

 そんな私の健気さに、幸運が微笑んでくれたみたい。

 一人の侍女が、彼の姿を見つけるなり「マティアス!」と呼んだ。

 そうだ、確かマティアスという名前だったか。


「げっ、リリー」

「やっと見つけた! 人手が足りないから、南棟の二階へ向かって欲しいの。エドとカインはもう先に行ってるから」


 そんなやり取りを聞きながら、私は精一杯名残惜しそうな顔をする。


「引き留めてしまって申し訳ありません。楽しくて、ついつい時間を忘れてしまいました。では私もそろそろ……」

「あー、いえいえ! とんでもない! あの、お部屋までお送りします。リリー、今から王女殿下をお部屋までお連れして、その後ですぐ向かう。それでいいな?」

「もー、仕方ないな」


 リリーを真似て、というわけではないけれど、私も内心で「仕方ない」と肩を竦めた。

 姫君を守るのは臣下の役目だ。

 その役目を任せてあげるぐらいはしてもいいか。




「お菓子だけ寄越して」

「……はい?」


 アスヴァレンのあまりに厚かましい申し出に、私は目を瞬かせた。

 彼は二度は言わないとばかりに顔を顰め、欠伸をした。


 マティアスを伴う形で自室に戻った後、マルガレータにアスヴァレンへの伝言を頼んだ。

 店名及び品名を添えた上で、いいお菓子が手に入ったから一緒にお茶でもいかがですか? といった内容だ。


 暫くしてアスヴァレンがやって来た……までは良かったのだけど、開口一番がこれである。

 陛下が遠征に旅立った後、アスヴァレンにコンタクトを取るのは実は二度目である。

 一度目は、「めんどくさいからやだ」というわかりやすすぎる理由で断られてしまい、だからこそ売り切れ続出のお菓子を餌に釣り出すという方法を取ったのだ。


「例のお菓子はずっと食べたいと思ってたから、素直に嬉しいよ。でも、君の相手をするのはめんどくさいし、お菓子だけ欲しい」

「……。す、清々しいまでに自分本位ですね、アスヴァレン」


 さっさと寄越せと言わんばかりに手を差し出すアスヴァレンに、私はそう言ってやった。


「一先ずお掛けになっては」

「やだ」


 着席を勧めるも、まさに梨の礫だ。


「仕方ありませんね。残念ながら、お菓子はなしということで。もう帰っていただいて結構です」

「……じゃあいいよ、もう」

「……」


 恨めしげな目をしながら、それでも彼は着席を拒否した。

 さすがに物で釣ろうとしてもそう上手くはいかないか。


「そ、その。少しでいいのです。お話をさせてはいただけませんか?」

「やだ。君と話すことなんかないもん」


 私が、この絶世の美少女がしおらしく頼んでもこの態度とは。

 さすがにムカムカと怒りが込み上げて来る。


「前は押し掛けて来たでしょうが」

「あー、あの時は僕から君に言いたいことがあったからね。あれから一応僕の言ったことも守ってくれてるっぽいし、もういいかなーって」


 そう言って、大きく欠伸をする。

 自分の都合最優先、こちらのことなどお構いなしというわけか。

 でも、それを批判したところで、この男は露ほども気にしないだろう。


 伸びをして、くるりと踵を返す。

 本当にお菓子を諦めて帰るつもりだ。


「陛下は、貴方が私を守ってくれると仰いました」


 何とかして思い止まらせなければならない。

 何しろ、彼に言いたいことや聞きたいことがあるのだから。

 肩越しに振り返ると、心底面倒臭そうに深い溜息をついた。


「もちろんそうするつもりだよ。君が暗殺や誘拐されそうになったら、その時は未然に防いであげるよ」

「守る、と言っても色々ありますよね? 貴方を信頼していらっしゃる陛下は、ただ私の命を守るだけでいいという意味でそう仰ったのでしょうか?」


 アスヴァレンがぴたりと足を止めた。

 思った通り、やはり陛下の話題を持ち出されると途端に弱くなるらしい。


「陛下は、私がここで快適に過ごすことをお望みです。今、貴方が私に対してとった態度を陛下にお話ししたら、彼はどう思うでしょうね?」

「エルを引き合いに出すなんて、いくら何でもずるいんじゃないかい?」


 彼は顔を顰めて、まるで邪悪の化身でも見るような目を向ける。


「別に引き合いに出したわけでは。ただ、貴方のその言動は陛下の意に反するのでは、と私なりの見解を述べたまでです」

「君なりの見解、ね」


 はぁ、と聞こえよがしに溜息を付き、ボサボサの髪を掻く。


「そこで頭を掻き毟るのはやめていただけませんか。フケが落ちると嫌なので」

「落ちるわけないじゃないか、そんな汚いもの。さっき洗髪したばっかだよ」


 と、心底不機嫌そうに反論した。

 確かに、アスヴァレンからはふんわりとフローラル調の香りが漂っている。

 彼は重力に任せるように、窓際の席へと腰を下ろす。


「ほら、早くお菓子とお茶の用意してくんないかな。食べ終えるまでは君に付き合ってあげるよ」

「ありがとうございます、心より感謝致します」


 殆ど棒読みで礼を述べた後、侍女を呼んでお茶の用意を申し付けた。

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