永遠の片想い 中編

 中学生になり、同じクラスになった藍は学校にあまり来なくなった。休む理由は聞かされていなかった。ある日お隣さんの僕が、たまった連絡物を藍の家に届ける役目になった。放課後、彼女の家に向かい玄関のインターフォンを鳴らす。しばらくした後、寝間着姿の藍がドアを開けてくれた。


「――恵一君?」


 驚いた彼女の顔色は、何だか紙のように白くはかなげに見えた。


「先生にプリント頼まれたから……」


 またもや、ぶっきらぼうに答える。


「ありがとう……」


 何故かすごく喜んでくれたみたいだ。戸惑う僕を尻目に彼女がこう言った。


「良かったら上がって!!」


 藍が僕の手を握り、玄関に招き入れてくれた。柔らかい手の感触に驚いてしまう……。


 彼女の部屋は二階にあり、僕の部屋からは見えない位置だ。もしも漫画やドラマの幼馴染で良くあるように、部屋が向かい合わせで、藍の部屋が毎日見えたら内緒で恋していた僕は頭が変になっていただろう。


「お茶を入れるから部屋で待っててね……」


 藍が部屋のドアを開けてくれた。うながされるまま室内に入る。何だか落ち着かない面持ちで部屋の中を見回してしまう。先程まで横になっていたのか、ベッドの布団が少し乱れている。何の香水だろうか? そこから柑橘系のいい香りが漂ってきた。


「……んっ!?」


 ふと机の上に置かれた写真に視線が止まった。ちょうど藍がお茶を運んで部屋に入ってきた。

 

「この写真は……」


 その写真は小学生の頃の僕たち三人が写っていた。変顔をする僕の左右には藍と姉貴。


「あのころは楽しかったよね……」


 テーブルにお茶を置き、彼女が懐かしそうに答えた。


「ああ、時間だけはたっぷりあって、泥だらけになりながら毎日夢中で遊び回ったっけ……」


 不思議と一瞬で、あの頃の素直な気持ちに戻れた。何で僕は今まで彼女を避けていたんだろう……。藍はあの頃より成長して綺麗になっていた。肩まである長い黒髪。陶器のような白い肌。その頬にうっすらと赤みが差し、僕に向かって微笑んでくれた。


「恵一君、覚えてる? 携帯ゲーム機でよく遊んだよね!!」


「そうだな、ゲームも面白かったけどカメラで写真や動画を撮って、お互い交換して遊んだよな……」


 当時小学生の間で大流行していた国民的な携帯ゲーム機のことだ。本体に二つあるカメラで写真や動画が自由に撮れる。


「恵一君が変顔して、いつも笑わせてくれたよね……」


 お調子者の僕は昔のアルバムを見ても変顔ばかりで、まともな顔で写真に写っていなかった。それでよく姉貴にも怒られたものだ……。


「そうだ!! まだ持っているかも……」


 思い出したように藍がクローゼットを開け、何かを探し始めた。


「あった!!」


 嬉しそうに差し出したのは、あの携帯ゲーム機だった。懐かしいな、まだ持ってたんだ。

 女の子らしく、シールでデコレーションされたピンクの本体。フタを開け電源を入れようとする藍。


「あれ? 点かないな……」


 長年充電していなかったせいで、どうやら電源は入らないみたいだ。


「残念だな……」


 子供のような表情になり、がっくりと肩を落とす藍。一瞬当時の彼女と面影が重なって見えた。


「確か、家に充電ケーブルがあったと思うから僕に貸してみろよ」


「本当に!! 恵一くんにお願いしてもいいの?」


「姉貴は物持ちが良いから絶対捨ててないと思うよ」


「嬉しいな、また恵一君と話せたことも!!」


 あの頃のように二人で笑いあえた。このゲーム機を動かせれば止まった時計の針が動き出すような気がした。藍とまた二人の時間を刻めるかもしれない……。


 僕は藍とたわいのない話をした後、上機嫌で家に帰った。ダイニングに居た姉貴に声を掛けられる。


「恵一、何ニヤニヤしてるの、かなりキモいんだけど!!」


 そんな姉貴の毒舌にも反論しない位、僕は良い気分だった。


 あの朝の電話が掛かってくるまでは……。

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