永遠の片想い 後編

 翌朝、ダイニングで食卓を囲んでいると一本の電話があった。親父が電話を受け、その通話から僕たちは何かただならぬ雰囲気を感じ取っていた。


「……二人とも落ち着いて、お父さんの話を聞いて欲しい」


 受話器を置いた親父が、絞り出すような声で僕たちに告げる。


「藍ちゃんが今朝亡くなった……」


 一瞬、親父が何を言っているのかまったく理解出来なかった。姉貴が隣で泣き崩れるのが視界の隅に写った。


「えっ、何言ってんの、だって昨日はあんなに元気で!?」


 僕は昨日、彼女に会ったばかりだ。何かの悪い冗談に違いない。


「一時退院で昨日は家に戻っていたそうだ。だけど夜中に急変して……」


 親父もあまりのことに絶句してしまう。


 その後の事はよく覚えていない。本当にショックな事があると人は感情を閉ざしてしまうようだ。僕は藍の葬儀にも出ず、家で引きこもっていたんだ。



 *******



 ……現実に引き戻され狭いアパートの天井が目に入る。藍が亡くなった後、抜け殻のような生活を送る僕を、家族は辛抱強く見守ってくれた。その協力のおかげで今の自分がいる。


 ――やっぱり田舎に帰ろう。決心した僕は急いで部屋を後にした。実家に帰るとお祖母ちゃんを始め家族が大歓迎してくれた。姉貴は多くを語らず明日の法事に供えて早く休めと言ってくれた。


 久しぶりに自分の部屋に入る。室内はここを出た時のままだ。懐かしさに勉強机に座り何気なく一段目の引き出しを開ける。


「これは……!?」


 ピンク色の筐体きょうたいが目に飛び込んできた。あの携帯ゲーム機だ!! 藍と約束したまま机にしまい込んで忘れていたんだ。慌てて隣の姉貴の部屋に駆け込む。


「何? 恵一まだ寝てなかったの……」


 とがめる姉貴に構わず、お願いをする。


「この携帯ゲーム機の電源ケーブル、まだ持ってる?」


 姉貴はあっけに取られながらも僕の真剣な表情に押され、探してくれる事を承知してくれた。しばらくして姉貴が部屋に電源ケーブルを届けてくれた。


「何に使うか分からないけど、きっと藍ちゃんのためなんでしょ?」


 勘の良い姉貴は何かを理解してくれたようだ……。


「落ち着いたらゆっくり聞かせて、じゃあ、おやすみ」


「ありがとう、姉貴……」


 はやる気持ちを抑えながらゲーム機に電源ケーブルを繋ぐ。フタを開け電源を入れる。上下の液晶に光が灯りゲーム機が起動した。良かった!! バッテリーはまだ生きている。そのままタッチペンで画面を操作する。カメラアプリの中にデータフォルダがあり、あの頃の日付が残っていた。神社で遊んでいた時期のデータに間違いない!!


 日付順に画像と動画を確認すると、そこにはあの頃の僕たちがいた。変顔をしている僕。それをとがめる姉貴の罵声。そして、その後ろで……。


 ――藍が当時のままの微笑みを浮かべていた。


 そこに彼女は確かに存在していた。少し困ったような笑顔。笑うと僅かに覗く八重歯。白いワンピースの裾がふわりと風に広がった。


 僕の大好きだった藍が、そこで生きていたんだ――

 動画は短く、最長でも一分位のファイルだ。


 再生してもすぐに終わってしまう。僕は何かに取り憑かれたように動画を順番に再生し始めた。ほとんどが秘密基地や野外での動画だった。藍が撮影者なので僕や姉貴ばかりが映っていた。残されたファイルは、あと僅かになり全部見終えてしまったら、彼女の生きた証がなくなってしまうのでは? そんな気がして急激に胸が締め付けられた……。


 ……いよいよ最後の動画だ。


 ゆっくりと深呼吸してファイルを再生する……。


「……!?」


 この動画は撮影場所が野外ではないのか!? どうやら藍の部屋のようだ。彼女の顔のアップで動画は始まった。後ろの壁に当時、着ていた制服が掛けられている。机の上にゲーム機を置いて、内側のカメラで自撮り風に撮ったみたいだ。


「――ちゃんと、写ってるかな?」


 ゲーム機本体を左右に動かし、確認しているのが映り込んでいる。


「えっと、これは誰にも見せないつもりで、お父さんやお母さんにも内緒です……」


 少し照れくさそうに、カメラに向かって語り始める彼女。


「もちろん恵一君にも内緒だよ。これは告白の練習、動画のラブレターなんだから……」


 藍から僕にラブレター?

 驚いて動画の日付けを確認する。おぼろげな記憶をたぐり寄せると、僕が彼女を避け始めた時期と重なる。


「恵一君は最近、藍と遊んでくれません。でも少しホッとしてるんだ。だって恵一くんと一緒にいると私もドキドキしちゃうから」


「恵一君といると、胸の奥がキュッとして心臓が壊れそうになるの……」


 彼女が突然、伏し目がちになりうつむいてしまう。


「お部屋の中だけの秘密だから、今日は勇気を出して告白するね。よし、頑張って喋るから!!」


 顔を上げ、意を決したようにカメラに向かう。


「藍は恵一君が大好きだよ!! 将来お嫁さんにして欲しいけど、私、身体が弱っちいからなれるかなぁ、恵一君のお嫁さん。お父さんやお母さんにも藍の身体の事で心配掛けてるから。だけど元気になってもっともっと恵一君と遊びたい。今は遊べないけど私のことを忘れないで欲しいな。中学、高校、同じ学校に通うの。そして、そしたらね、私の隣には大人になった恵一君がいて、一緒に並んで歩くんだ!! 大好きな恵一君に藍の気持ちが伝わると嬉しいな……」


 ……そこで動画は終わった。


 あの夏の日、藍はどんな気持ちで僕にゲーム機を託したんだろう。動画が入っていたことは忘れていた?


 それとも……。


 そんな些細なことはどうでもいい。あの頃のまま、藍が存在してくれただけでいいんだ。


 小さな画面に向かって、僕はあの頃出来なかった告白をした。上下の液晶スクリーンが涙で滲んで見える。


「藍、ありがとう、確かに気持ち受け取ったよ。あの頃、学校で意地悪ばかりしてゴメンね。もちろん僕も大好きだよ―― あの河原で言ってくれたこと覚えているかな? 僕はあの言葉で救われたんだ。あなたは香月の弟じゃなく恵一くんだよ、って!!」


 そして最後の言葉を藍に語りかける。


「あの頃からずっと、藍のことが好きだ。僕は一生忘れないよ……」


 静止画の彼女が、画面の中から微笑んでくれた気がした。


 そして僕は静かに携帯ゲーム機のフタを閉じた……。



 永遠の片想い 【完】



 あの夏の空の下で。藍からの手紙に続く

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