あの夏、君と見た真っ白に沸き立つ入道雲を僕はいつまでも忘れない……

kazuchi

永遠の片想い 前編

「――あい、早くこっちに来いよ!!」

 

「待ってよ、恵一けいいちくん、足が速すぎだよ!!」

 

「こっち、こっち!!」


「恵一くん、いつもの神社があんなに小さく見えるよ!?」


「ほら藍、見ろよ、凄いだろ!!」


 僕達の目の前に、一気に景色が広がった。

 真っ青な夏の空に、真っ白に立ち上がる入道雲。

 

「わあっ!? わたあめみたい!!」


「そうだろ藍、あんだけ食えたらイイよな!!」


「あのわたあめの下まで、私を連れていって欲しいな……」


「おう!! 今度、連れて行ってやるよ」


「本当に!? 恵一くん、約束だよ!!」


 僕だけしか知らない秘密の場所。この光景を彼女に見せたかった。その横顔に可愛いえくぼが浮かぶのを、眩しそうに僕は見つめていた。


「私、この景色を目に焼き付けておくんだ……」


 もし、僕が人生最後に一つだけ思い出せるなら、狂おしいほどの青い空と真っ白に立ち上がる入道雲。そして彼女の横顔を思い浮かべるだろう。


「この景色。私、ずっと忘れないよ!!」


 あの夏の光景を僕も一生忘れない……。


 

 *******



「もうすぐ、藍ちゃんの命日だね」


 電話口の向こう、その言葉に過去の苦い記憶が蘇る……。


「恵一は、もちろん帰って来るんでしょ」


「姉貴、僕も大学やバイトで結構忙しいんだ。まだ決められないよ」


「たまには帰ってきて、お祖母ちゃん達も安心させてよ」


「何とか都合付けてみるよ、じゃあね!!」


 姉貴に色々お説教されそうなので、早々と電話を切った。ベッドに寝ころび狭いワンルームの天井を眺めた。


「あれから七年も経ったのか……」


 ぼんやりと虚空を見つめ、物思いに耽る。


「……また夏が来る」


 僕、香月恵一かつきけいいちは、都内で一人暮らしの大学一年生だ。出来の良い姉、香月未来美かつきみくみが小学校からずっと一学年上にいた影響で、周りから香月の弟と言う呼び名が定着していた。友達や先生の呼び方に僕はあえて反論はしなかった。


 でも彼女だけは違っていた……。


『恵一君はって名前じゃないよ』


 夕暮れの河原で彼女は微笑みながら僕に言ってくれた。肩までの真っすぐな黒髪。夕陽の反射がコントラストになり、水面の反射と相まって彼女の笑顔がいっそう輝いて見えた……。


 帰省して家族を安心させたい気持ちもあるが、気が進まないのはの法事があるからだ……。そのことを考えるだけで胸が痛む。


 あの日、亡くなった二宮藍にのみやあいのことを……。


 藍は僕の幼馴染で同い年ということもあり、姉の未来美も含め、自然と遊び回るようになった。多数決でかくれんぼではいつも僕が鬼にされた。定番の遊び場は近くのお稲荷さんのある神社で、その敷地にある地区の集会所が僕らの秘密基地代わりだった。普段使われていない集会所に出入りして駄菓子を食べたり、携帯ゲームをやったり、小学校の帰りに直行していたものだ。


 いつものように三人でかくれんぼを始め、じゃんけんで負けた姉貴が鬼になり文句を言いながら数を数え始める。僕と藍は急いで隠れ場所を探した。集会場と神社の通路下に身を隠せるスペースがあることに気がついた。僕は藍をせかしながらその場所に隠れる。鬼のカウントが終わり姉貴が大声を上げつつ探し回る気配がする。僕と藍は狭いスペースでお互いの身体を密着させていた。彼女のかすかな息使いまで、こちらに伝わってくる至近距離だ。藍の長い黒髪が僕の頬を撫でる。妙なくすぐったさと同時に、ほのかなシャンプーの甘い香りが鼻腔を突く。


「……!?」


 ――その瞬間だった。僕の中で急に何かが変わった。


 今まで彼女を異性として意識したことはなかった。その真剣な横顔をチラリと盗み見る。僕の顔は耳まで真っ赤だったに違いない。なぜ今まで気がつかなかったんだろう。藍が可愛いと言うことに……。 密着する肩口のシャツが妙に汗ばむのが感じられた。慌てて彼女と距離を置こうとして派手に物音を立ててしまった。


「恵一、藍ちゃん、みいつけた!!」


 夏の暑い境内に蝉の声が響いた。



 それから藍を女の子として意識してしまった僕は、放課後神社に通うのをやめてしまった……。


 思い返すと子供っぽくて微笑ましいが、小学生だった僕は初恋という未知の感情に戸惑っていたんだろう……。


 藍とも妙に距離を置き、誘われてもぶっきらぼうに断っていた。彼女の寂しそうな表情が今でも忘れられない。大好きの裏返しで学校で色々意地悪もしてしまった。


 きっと藍に嫌われているに違いない……。勝手に思い込んた僕は男子とつるむようになり、藍と一緒に遊ぶことはめっきり減ってしまった。


 その後、僕達はぎこちない関係のまま中学に入学した。姉貴は相変わらず才色兼備で、弟の僕は同じクラスの男子から、かなり羨ましがられた物だ。ここでも香月の弟というポジションは定着していった。


 別にそれでいい。それが楽なんだから……。

 

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