第37話 ヤンデレ叶
『生きてた。優くんだ。やっぱり優くんだったんだ』
叶の声がする。
しかし、何故か脳から危険信号が発されており、頭の中に真っ黒なイメージが流れ込んできている。
なぜだろう。まるで心の中を全て筒抜けにされているような感覚だ。
『そういえば優くん、私と会わない間にたくさんの女の子と仲良くなったんだね』
これは叶なのか?前に会ったときにはまるで雰囲気が違う。
一体何なんだ?本当にこれが、あの温厚な叶なのか?
『私には優くんしかいないのにっ!』
その叫びを聞いた瞬間、スライム化して体の感覚がないはずが、全身に悪寒が走ったような気がした。
次の瞬間、俺の肉体はスライムから女の肉体に戻っており、視線の先には赤い眼光を彷徨わせながらナイフを持つ少年の姿があった。
「ゆーうー……くんっ!」
少年は一瞬で俺の足元へ移動すると、横腹に突き刺すようにナイフを振るってきた。
俺は咄嗟に避けようとしたが、相手の方が素早く、深々とナイフを突き刺されてしまった。
傷を一瞬で回復させて周りを見渡すと、遠くの方で高速移動する黒い物体が見えた。
一目見たときから見覚えがあると思っていた。やっぱり、この少年は……
「ようやく気づいてくれたんだねっ!優くんっ!」
叶だ!何故かヤンデレ化して俺を本気で殺そうとしている水河叶だ!
クラスメイトと行動して魔王を目指しているはずの叶が、なぜ謎のスキルを使いながら黒いフード付きのローブを着てSランク冒険者の交流戦に出ているのかは分からないが、あの背姿とフードから覗く童顔は、間違いなく叶だった!
「優くんがいなくなってから私、ずーっと心配してたんだよぉ?なのに、なのに……」
怖い怖い怖い怖い。何でそんなことになってたのかは知らないが怖い。
「ハーレム作って鼻の下伸ばしながらイチャイチャ冒険していたなんて、酷い!」
「ちょっと待って。落ち着いてください。優って誰ですかね?ユウアってところが似てるかもしれないけどそんな人知りませんよ」
こんなんで観客席にいるクラスメイトに正体バレたらシャレにならんし、何で叶にバレたんだよ!どんだけ観察力あるんだよ!
「嘘だ。見たもん、優くんの心の中。ちっちゃい女の子と冒険することしか考えてなかった。しかも自分の中にもちっちゃい女の子を2人も飼ってるし」
『何よこの女!いきなり現れて失礼ね!私の方が年上だし、飼ってるって表現しないでほしいわ!』
『うーん、僕も少なくともこの子よりは年上だねー』
そこ、張り合わなくていいから。大事なのそこじゃないから。
「仮に心の中を見たとして、それが優って人だってことを証明できるの?」
「私の優くんに対する第六感が叫んでるから。それだけで証拠は十分」
やべえ、やべえやつだった。俺の幼馴染みはやべえやつだったようだ。
「他の女の子たちと遊んでいるような優くんは……殺すしかないよね?」
目のハイライトが消えてる。これはやばい。悪魔の姿のミルと出会ったときよりも身体が震えて全身から危険信号が発されてる。
これは言い逃れできない。覚悟を決めよう。
「……ごめん、叶。たしかに俺は優だけど……元気してた?」
「ううん。全く」
「そ、そう」
何この雰囲気。喧嘩別れした妻と久しぶりに会ったようなこの雰囲気は。
「ねえ、優くん。お願いがあるの」
「今の俺にできることだったら何でもするよ」
世界の半分が欲しいとかそういうのじゃなければ。
「ありがとう。それじゃあ……他の女に奪われる前に、私が
あ、これアカンやつや。
「分かった。心置きなく殴り殺していいから。スキルは使わないでね?」
その瞬間、俺の視界から消えた叶は、俺を殴って蹴って好き放題にして、会場を俺の肉体(スライム)まみれした。
そして約1時間後。
「あれ?ここはどこ?……えー、あなた、どちらさまでしょうか?」
「とりあえず眠って」
俺を殴りまくったことでストレスが発散されたためか、いきなり正気を取り戻した叶を一撃で気絶させ、長い試合にようやく終わりを告げさせた。
この一時間、本当に死ぬかと思ったが、生き延びることができたようだ。
「勝者、セラ選手!」
どうにか勝つことができたが……次の試合でも問題が起こる予感しかしない。正直帰りたい。
次の試合は根性のある9位のハゲおじと1位のハイエルフとの試合だが、ハゲおじが回復して試合が出来たとしても、十中八九、1位のハイエルフが勝つだろう。
そしたら決勝戦で俺と戦うことになる。
あのハイエルフ、見たところなんか思い詰めたような顔してるし、面倒事に巻き込まれる予感しかしない。
しかし、今片付けるべきは叶についてだ。
俺はローブで顔と体が隠されていることを確認すると、叶をお姫様抱っこして会場をあとにした。
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