第26話 第三階層・上
起きてきたミルにさっきの出来事を話したが、ミルはすっかり忘れているようで、首をかしげている。
おそらく、ショックでそれまでの記憶を忘れているのだろう。
忘れたのなら仕方ないと、空間から出て次の階層へと向かった。
次の階層へ入ると、辺りは真っ暗になっており、俺たちの頭上では満点の星空が輝いている。
俺たち、このダンジョンの三階層へ進んだはずだが?
そう思っていると、真っ暗な視界の中、ポツリと佇む小さな街灯の下に、見覚えのある看板が立っていることに気づいた。
俺は近づいてそれを見ると、木製の看板には驚きの内容が書かれていた。
みんなは、呆然と立ち塞ぐ俺を不思議そうに見つめると、俺に近づいてきたミルが口を開いた。
「その看板、何が書かれているのかしら?」
俺はその質問に対し、その看板に書かれていることをそのままに伝えた。
「『ドキドキ!肝試し大会!地図に示されたルートを進んで、ゴールまで辿り着こう!この階層には、一体の強力なボスがいるけど、最後まで辿り着けた二人の男女は、永遠に結ばれるかも。キャッ!』だってさ」
俺がそう言うと、しばらく虚空を見つめていた猫耳少女以外の3人は、火花を散らすようにして視線を合わせた。
俺はその場から、そそくさと猫耳少女のもとへ向かうと、そのまま体を縮こませ隠れるようにして身を屈めた。
なんか修羅場ってるので、ここは隠密を使っておく。
しかし、ミルの驚異的な嗅覚によって、すぐに見つけられた俺は、ニコニコと見下すミルの姿が視界に入った。
「どうしたのよ。逃げないとまずいことでもあるのかしら?」
ニコニコとした笑みを浮かべているが、目だけは笑っていない。
身の毛もよだつほどの恐怖を感じた俺は、咄嗟に走り逃げ出したが、その先にいた何者かによって捕えられた。
「どうして逃げるのですか?ほら、早く行きましょう」
そう言って、無理やり俺を引っ張るのは、表情の見えないリークだ。
「ちょっと待って!どうして俺こんなに追われてるの!」
俺がそう叫んだが、リークは返事をしない。真っ暗な森のようなこの場所では一層、恐怖を感じる。
俺が叫んだ直後、ミルと真理が現れると、俺を放り出して戦闘を始めた。
ここダンジョンなんですけど。ダンジョンで仲間割れは死亡フラグ。
俺がそう思ったときだった。
後ろから不意に殺気を感じると、俺がいた場所を大きな鎌が通過した。
横に回避しながらその方向を向くと、3メートルほどの巨体に大きな鎌を持った、赤いローブを着た人物がいた。
そのローブから見えた素顔は、口が裂けたように笑っており、視線は窺えなかった。
ローブに包まれた巨体は宙に浮かんでおり、足は無いようだった。
昔したホラゲーにこんなのいたなあ、と呑気に考えていると、並びのいい歯をくっきりと浮かべたまま、手に持っている大鎌を振るった。
俺は咄嗟に後ろに避けると、気を抜いた瞬間、前にいたはずの赤ローブがいなくなっていた。
辺りをキョロキョロも見回していると、気づいたときには首筋にかすり傷ができている。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこにいたのは言わずもがな、赤ローブの大鎌野郎だ。
さっきのはおそらく、瞬間移動。背後に回られて、避けたつもりだったが風圧だけで切られてしまったらしい。
こいつがこの階層のボスだろう。
俺はミルたちの協力を仰ぐべく、大きな音がする方を見ると、3人は赤ローブに気づかないまま戦闘を続けていた。
今回も1人で戦うのかよ!
俺は自棄糞になりながらも全方位に魔法を連打するが、敵はうまく距離を取るとそのまま隠れてしまった。
ダルい。めんどい。休めない。あいつどこから出てくるか分かんないんだもん。
俺は辺りを警戒しながら進んでいると、不意に出てきた猫耳少女が近づいてきた。
「おにいちゃん、みんないなくなったから寂しかったよー!」
そう言いながら泣き出すと、俺に抱きついてきた。
本来なら嬉しいところだが、俺は額に青筋を浮かべると、その猫耳少女に冷徹な視線を向け、そのまま殴り飛ばした。
「あの子は俺をおにいちゃんって呼ばねえ!おにーちゃんだろうが!」
俺は怒気を含んだ声でそう叫ぶと、吹き飛ばした猫耳少女を見た。
だが、その場所に猫耳少女はおらず、代わりにさっきの赤ローブがいた。
赤ローブは、相変わらず裂けたように口元だけは笑っているが、その見えない視線からは苛立っている様子が見てとれる。
奴は怒りのまま俺の突っ込んできた。
奴が大鎌を振り上げる前に、俺がもう一度殴り飛ばし魔法を放つと、そのまま遠くに吹き飛んでった。
俺はその方向にゆっくり進んでいくと、吹っ飛ばされた赤ローブが倒れていた。
奴はムクリと起き上がると、忌々しげにこちらを睨んでいたが、半ば諦めるようにして姿を消した。
これでまた振り出しへ戻ってしまった。
俺はもう一度、神経を張り巡らして歩き出す。遠くの方からは、ミルと真理とリークの3人が戦闘している音が嫌というほどに聞こえてくる。
やがて、一人で歩いていると、キンキンと頭に響く声が聞こえてきた。
『人がせっかく寝てたのにうるさいわね!もうちょっと静かにできないのかしら!』
お前は人じゃなくて精霊だろ!俺の中にいるくせにあんまり喋らないと思ってたら、寝てたのかよ!もうちょっと起きてろ!
『もうちょっと起きてろって何よ!1日20時間ぐらいしか寝てないわよ!』
俺の想像よりも寝てるじゃねえか!ホントに、どんだけ寝てるんだよ!
俺たちが1つの体で、ギャースカと騒いでいるときだった。
『イヒッ!』
今度はリルじゃない声が聞こえてきたと思うと、やはり後ろに赤ローブがいた。
リルはそいつに気づくと、けたたましいサイレンのように大きな声を出した。
『ギャーッ!何よこいつ!こっち見て笑って、何が面白いのよ!』
そう言いながら白炎を放った。
だから、すぐ白炎使うなって!
俺がリルにそう言いながら赤ローブを見ると、白炎に直撃した赤ローブは今までにないぐらい苦しんだ様子でいた。
だが、一瞬にして瞬間移動で距離を取ると、またすぐに消えてしまった。
しかし、今ので奴を攻略する方法が思い付いた。
俺は、奴の口元が苦痛に満ちる姿を想像してニヤリと笑うと、すぐに行動を開始した。
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