閑話 暗殺者の冒険者稼業

 王都の冒険者ギルド内に、異様な雰囲気を纏った人物がいた。


 その人物は真っ黒なフード付きのローブで顔と体を覆っており、体つきは少年にも、少女にも見えるが、ぶかぶかのローブを着ているにも関わらず胴の辺りは少し膨らんでいる。


 その人物はカウンターまで歩いていくと、小さな声で言った。


「すみません。冒険者登録をしたいのですが」


 受付の女性は、一瞬どこから発せられた声か、気づいていなかったが、数秒かかって目の前の黒いローブから発せられていたことに気づいた。


 気づかないのも無理はない。真っ黒なローブで怪しい風貌をしながらも、その人物から発せられた声は可憐な少女のものだったのだから。


 受付の女性は、穏やかな笑みを浮かべると、ゆっくりと冒険者登録の準備を始めた。


 ステータスの鑑定が終わったようで、受付の女性がその結果を見ると、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた表情は、恐怖へと染まっていた。


 魔導具に示されていたステータスはこうなっていた。


 水河 叶 Lv18 職業:暗殺者


 ステータス 筋力:8000 魔力:13000


       俊敏:18000 体力:15000


 魔法適正 火:6000 水:7000

   

      風:12000 土:10000


      光:25000 闇:30000


 スキル:《暗殺術:S》《隠密:S》《瞬発力:S》《気配探知:S》《索敵:S》《動体視力:S》《五感強化:S》《痛覚操作:S》《脚力:S》《自然回復:A》《聴覚:A》《持久力:A》《衝撃吸収:A》《属性吸収:A》《隠蔽:A》《投擲:A》


 ユニークスキル:《心理の魔眼》《魅惑の魔眼》《封印の魔眼》《斬撃》《魔法圧縮》



 ステータスではミルやリークはもちろん、真理にも敵わなければ、優ですらその数倍はある。


 しかし、スキルが異常だ。数も多ければランクも高い。一つ一つのスキルが異様に強いのだ。


 そのステータスを見た受付の女性は、真っ青な顔でガクガクと震えながら、急いで冒険者登録を済ませた。


 黒ローブの少女は、Eランクの依頼を20個受けると、3時間にして全ての依頼を達成し、その後も数種類の依頼を受けると、僅か一日にしてCランクまで上がった。


 少女は、宿をとり早々に風呂に入ると、寝間着に着替え、愛する少年の姿を思い浮かべながら眠りについた。


 翌日、朝早くからギルドで依頼を受け、午前中のうちにBランクまで上がると、ギルド内の酒場で昼食を摂ることとした。


 やはりフードを被って顔を隠したまま、リスのようにパンを食べていたときのことだった。


 自分をジロジロと見る視線を感じながらも、敢えて無視をしていたが、その視線を向けていた柄の悪い男たちはこちらに近づいてきた。


 やがて、男たちは少女の前に立つと、上から見下しながら言った。


「おいお前、ガキだろ?しかも女だ。パーティーメンバーもいないのに、そんなに早くランクが上がるのはおかしい。お前、どんな手を使った?」


 リーダー格の男はそう言ったが、少女は、そのことに気にした様子はなく、視界にも入れぬままパンを食べ続けている。


 男たちは額に青筋を浮かべながらも、穏やかな顔つきで言った。


「なあ、その方法、俺たちにも教えてくれよ。そしたら、金も取らねえし手も出さねえ。良い取引だと思わないか?」


 リーダー格の男はそう言ったが、少女はパンを食べ終えると、そのままカウンターへ進んでいった。


 その様子を見た男たちは、我慢ならないといったように少女の肩を掴もうとした。そのときだった。


「おいお、」


 男が何かを言おうとした瞬間、その男の首筋にはナイフが突きつけられていた。


 男は冷や汗を流しながらナイフのその先を見ると、右手を突き出しながら静かに佇む少女がいた。


 周りにいた取り巻きの冒険者たちは、わけも分からないままその少女に飛びかかると、一瞬の内に宙に舞った。


 数秒後、『ぐえっ』と情けない呻き声を出しながら地面に叩きつけられると、恐怖の表情で辺りを見回した。


 しかし、さっきの少女はどこにもおらず、ギルドに残されたのは、気絶した数人の取り巻きと、その様子を呆然と見ていた冒険者たちだけだった。


 既に次の依頼を受けていた少女は、ギルドから出てすぐに目的地へと向かっていた。


 彼女は、さっきの苛立ちを振り払うようにして草原を駆けていた。


 目的地はここから8キロほど離れている。しかし、彼女のステータスにかかれば30分もかからないだろう。


 彼女が何故こんなに急いでいるかというと、1ヶ月後に開催される、ギルド対抗のランクマッチへ出場するためだ。


 人と話すことも、関わりを作ることも嫌いな彼女が、なぜこんなイベントに出場しようとしているのか。


 それは、彼女が愛する人と再開するためだ。


 彼女は確信している。彼は絶対にこの大会に現れるだろうと。


 預言者の話によれば、ダンジョンを攻略したあと、町で冒険者登録をしたらしい。


 なら、Sランク冒険者になるであろう彼が、この大会に出場しないはずがない。


 そう思いながら依頼をこなしていた彼女のもとに、こんな噂が届いた。


 『冒険者になって2日でSランクに到達した、黒髪の少年が現れた』と。


 そんな噂を聞いた彼女がSランク冒険者に昇格したのは、その知らせが届いた1日後だった。

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