第18話 ランク上げ・下

 領主のループさんは俺たちに指名依頼があるということだ。


「その依頼の内容を教えてもらえますかね?」


 俺がそう言うと、何かを思い出したかのように嫌な顔をすると、やがて、困り果てたような顔をして言った。


「この街には30年ほど前からSランク冒険者がいません。なのでずっと放置されていた依頼があるのですが、今回特例として、1日にしてAランクまで上がったあなたたちに頼みたい依頼があるのですが……」


 一度止まったループさんの表情を見ると、真っ青になっている。それほどまでに恐ろしい敵なのだろうか?


「どんな魔物なんですか?」


 俺が改めてそう聞くと、ループさん真っ青な表情のまま答えた。


「魔物、というか……魔女たちの集まり、『サバト』です」


 『サバト』と聞いた瞬間、俺のものすごい不快感を抱いた。


 『サバト』というのは、魔女たちの集まりのことで、悪魔や異教徒たちが参加する、狂気の饗宴だ。


 彼らはとある夜中に集まると、契りを交わしたり、宴会をしたりと色々なことをするらしい。


 奴らだけでやるのはいいのだが、若い子供などを拐って儀式の生贄にしたり、その子供を料理して食べたりするのだ。


 本でその内容を読んだときは本当に胸くそが悪くなった。


 その集まりを破壊するため、俺はすぐさまその依頼を受けようと思ったのだが、ミルの様子かおかしい。


「ミル、どうかしたの?」

 

 そう聞いてみるが、口をつぐんだまま動かない。一体何があったのだろうか?


「ここのサバトにだけは行ってはいけないわ」


 と、捻り出すようにして言葉を発した。嫌な思い出でもあったのだろうか?


 まさか……


 と、俺の表情を見て、ミルは首を振った。


「ユウの考えたようなことは起きてないわ。だけど、そこに厄介な相手がいるのよ」


 厄介な相手?ミルが面倒くさいと思うほどには強いのか。


「ええ。今の私とリークが二人で戦って五分五分ぐらいね」


 敵はそんなに強いのか?


 その答えを待っていると、リークが口を開いた。


「まさか、ジルさんですか?」


 リークがそう言うと、ミルはこくりと頷いた。


「この地帯はあいつの管轄地だわ。昔の私ならともかく、魔力が弱まった今の私と、光の力が弱まったリークでは厳しいわ」


「そいつって、どんな悪魔?」


 俺がそう聞くと、苦々しい表情をしながら答えた。


「私の兄なのよ」


 そう言うと、どこか遠くを見るような目で言った。


「あいつは本物の屑よ。趣味は人殺し、特技は虐殺。そのことに悦びを感じる屑だったわ」


「だったら尚更受けよう」


 俺がそう言うと、溜め息をつきながら言った。


「別にいいわよ」


「え、いいの?」


 絶対に受けさせないと思ってたんだけど。


「ええ。リーク倒そうとしたときに使った魔法なら一発で消滅させられるわ」


 と、上機嫌な笑みでそう言った。

 

 たしかに、あのときの火属性上級魔法なら一瞬で勝てそう。


「は、話の内容は分かりませんが、受けてくださるということでよろしいのですね」


「はい。むしろ、やらせてください」


 そう言って、握手を交わすとループさんはマグナ湖の宝を掘ると言って、外に待たせていた馬車まで早足に戻っていった。


「じゃあ、俺たちも準備するか」


「ええ。あの野郎、絶対にぶっ殺してやるわ」


 ミルはウキウキとした表情でそう言うと、腕からチリチリと黒炎を這わせている。

 

 感情が昂るとそうなるんだ。


 そして、サバトが始まる夜中になるまで、武器やアイテムなどの装備を整えていると、あっという間に夜になった。



「地図によると、ガセル山の頂上で行われるらしいわね」


「らしいね。そこに俺が魔法を撃てば終了かな?」


「そうですね。それでは、真理さん。よろしくおねがいします」


 そう言ってみんなで手を繋ぐと、真夜中の森の中にワープした。


 しばらく進むと、山の頂上で灯りを焚きながら、騒いでいる連中がいる。


 ローブを着た人々や、黒や茶色の肌の悪魔たちが踊ったり飯を食べたりと、ガヤガヤ騒いでいる。


 人間を殺すということに忌避感はあるが、覚悟を決めないとこれ以上人が死ぬかもしれない。


 神経を集中させ、俺がミルに同調を使おうとしたときだった。


「あそこに、女の子が」


 真理が言った。その方向を見てみると10歳ぐらいの女の子が、悪魔に頭を掴まれていた。


 それを見た瞬間、俺の体は動き出した。


 その悪魔目掛けて光属性の魔法を放つと、悪魔はバラバラに消え去り、女の子は地面に倒れこんだ。おそらく、極度の恐怖で倒れてしまったのだろう。


 俺は女の子に背を向けながら、辺りの悪魔たちに光属性魔法を放っていると、これまでとは格が違う、圧倒的な魔力を感じた。


 俺は女の子を天空に投げ飛ばすと、その方向からの魔法に直撃して両足が吹き飛んだ。


 しかし、次の瞬間には回復しており、痛みも感じなかった。《自然回復:S》10個の名は伊達じゃないな。


 そう考えながら天井に放り投げた女の子を、衝撃を流しながら受け止める。


 魔法を放たれた方向を見ると、黒髪の赤い瞳を持った男が、数人の魔女たちを侍らせながら豪華な装飾が施された椅子に座っていた。


 その男はフッと笑って立ち上がると、吸血鬼のような赤い瞳で俺を見据え、パチパチと乾いた拍手を送ってきた。


「素晴らしい。素晴らしいよ人間。僕の集会を邪魔する鼠はさっさと殺してやろうと思ったが、なかなか楽しめそうじゃないか」


 俺の方に手を翳すと、ミルと同じ黒い炎を放ってきた。


 真正面には獄炎、横からは数体の悪魔たちが迫ってきている。


 俺は、自分の魂との同調を解除すると、それぞれに指示を出した。


 俺とお前とお前とお前は水属性と光属性を合わせた魔法で真正面の獄炎を相殺。お前とお前とお前とお前は悪魔たちの相手をお願い。残りの2体は、風魔法でこの女の子を運んで。


 わかった。了解。任せろ。落としても文句言うなよ。二人でするから大丈夫だろ。他の悪魔たちは二人でいけるわ。わかった。じゃあ俺とお前も獄炎に回る。了解。


 そうして、それぞれの魂が魔法を使い始めた。俺と5つの魂は獄炎を相殺、2つの魂は他の悪魔を倒し、残りの2つで女の子を風魔法で運ぶ。


 獄炎を使うあいつがミルの兄か。今のところ遊びみたいな感覚で相手をされてるが、本気でこられると流石にまずいな。


 ほとんどの悪魔を撲滅し終えた頃、人間たちが騒ぎ始めた。


「アアアアアアァァァァァァ!悪魔様ァァ!」


「人間がぁ!人間があ!」


「許さない、許さない許さない!」


 人殺しには忌避感があるが、人から憎まれようと蔑まれようとどうってことない。   


 魔女や異教徒たちも魔法を放ってくるが、威力はそこまで高くない。ステータス差があるからかほとんど効かない。


 しかし、それはミルの兄である悪魔にも同じことだろう。俺の魔法は当たってはいるが、致命傷を与える様子はない。奴はニヤニヤと笑いながら俺に黒炎を放ち続けている。 


 少しずつ威力を上げているようで、そろそろ限界が近い。が、女の子を運び終えた二つの魂がフリーになったことで、獄炎の相殺に余裕ができた。


 これでまた少し時間がもつ。しかし、俺の魔法は重ねて発動できるが、ミルと同調しない限りは、所詮は初級魔法8発分の威力。魔力の問題はないが威力が足りない。


 ミルたちは何をしてるんだ?遅い。作戦をぶっ壊した俺が言うのもなんだが遅すぎる!


 そう思ったときだった。俺たちが戦闘している山の頂上を、ドーム状の光の膜が覆った。


 すると、魔女と悪魔たちは魔法を発動しなくなり、混乱したようにのたうち回る。


「遅くなったわね。ユウ」


 そう言って俺のもとへ跳んできたのはミルだ。


「ミル、この光の膜は?」


「闇属性の魔法を使用不能にする結界だわ。マリとリークが造り出したの」


 なるほど。そう考えると早いほうだったのか?


 そう考えていると、ミルは黒炎使いの悪魔を睨み付けると、小さな声で呟いた。


「ぶっ殺してやるわ」


 乙女が口に出していい言葉ではありません。


 怒気を滲ませているミルを見た悪魔は、慌てた様子で逃げ場を探している。


「無駄よ。この結界は悪魔を絶対に逃がさないわ」


「ど、どうしてお前が!封印されてるんじゃなかったのか!」


 ん?こいつはミルの封印を知ってたのか。知っていたのに助けなかったとは、やはりクソ野郎だ。


「その口ぶり、私が誰に封印されたか知ってそうね。教えてくれれば魂だけは助けてやるわ」


 そう言いながら天空に手の平を突き出すと、大きな光の槍を出現させた。


「む、無理だ!あの方に言ったら俺は殺される!俺たちは兄妹だろ?助けてくれよ!」


「妹が封印されてることを知っときながら助けなかった兄がよく言うわね。闇属性と火属性しか取り柄のないあなたは、どこまで生きられるでしょうね」


 そう言って嗜虐的に嗤うと、大きな光の槍を数100本ほど出現させ、弄ぶように一本ずつ放っていった。


「た、助けてくれえ!誰でもいいから!早く!」


 彼はそう叫ぶが、周りの人々は全て気絶しているし、悪魔は一匹たりとも残っていない。

 

 最後の一本をわざとのようにギリギリ外すと、溜め息をつきながら言った。


「はあ、魔力がなくなっちゃったわ。慣れない光属性なんて使うもんじゃないわね」


「た、助けてくれるのか!」 

  

 彼はミルに媚びるようにして声を上げたが、その顔を見たミルは口元を緩めると、俺の方を見て言った。


「じゃあ、あとはユウに頼むわ」


 男は、へ?としたように口を開けると、しばらくして安堵の表情になる。


 その男の表情を見たミルは優しく微笑んで見せると、ゆっくりと言葉を発した。


「ゲームをしましょう。あなたがユウの一撃に耐えられなかったらゲームオーバー。耐えきれたら見逃してやるわ」


 その言葉を聞いた悪魔は、ホッと息をつくと、俺を見ながらゆっくり言った。


「さあ、君の得意な初級魔法でも何でも放ちたまえ。僕はどこにも逃げないよ」


 偉そうな態度でそう言っているが、さっきミルの槍から逃げ回ってただろ。


 そう言いたいのを堪えて、ミルに同調を使用する。


 すると、急に怯えたような表情になると、慌てたようにして言い出した。


「な、なんだその瞳は!お前、一体何をするつもりだ!」


 俺は自分の状態なんて見えないので、奴が何を言っているのか分からないが、奴のコロコロと変わる態度を見ながら、ゆっくりと口角を上げて言った。


「あんたの得意な火属性魔法でいくよ」


 ミルのスキルから多重術式と獄炎を使用し、数秒で火属性の上級魔法の詠唱を済ませると、その男に手を突き出しながら言った。


「ミルを封印した奴のこと知ってる?」


「い、言ったら僕が殺されるだろう!」


「そう」


 俺はそう返すと、大きな黒炎を放った。


 その黒炎は結界を粉々に砕き、山頂にいた、周りの人間ごとその男を消し炭にした。


 骨も、魂も残っている気配はない。奴らの存在はこの世から完全に消し去られた。


 悪魔も、人も、その場所には、俺とミル以外誰もいない。


 俺はやりようのない虚しさを抱えながら、ミルとともに真理とリークの元へと戻っていった。


 大きな依頼を達成したはずなのに、達成感なんてものはなく、ただただ虚しさと焦燥感を感じながら町へ戻っていった。

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