第12話 荒瀬優と指輪の空間・上

 預言者との対話が終わり、しばらくした頃。


「うわっ!スゲエ!」


 俺は、指輪を触ったときに転移したこの空間を探索をしていた。


 一番最初の部屋は倉庫だったようで、適当に長さ計ってみたけど、多分容量は100万立法メートルだと思う。

 

 そして、かなり遠くにあった扉を開けると、工房のような場所が広がっていた。


「これは……ホムンクルスってやつか?」


 棚には、ビーカーや薬品など、実験に必要なものが揃えられており、工房の机の上に置いてあった蒸留器の中には、小さな裸の少女が座っている。


 確かホムンクルスって、蒸留器の中に入れた精液を腐敗させて、血液を与えながら馬の子宮と同じ温度で40週間育てるんだっけ?


 ホムンクルスって言葉にはワクワクするけど、そう考えたらちょっと気持ち悪いな。


 でも、この中に座ってる女の子……


 めっちゃ可愛い!掌サイズの妖精みたいな感じでめっちゃいい!


 俺が女の子をじっと見ていると、目を瞑って座っていたその子は、顔を上げるとともに目を開き、金色の瞳で俺を捉えた。


 そして、急に立ち上がると、俺を見ながら口を開いた。


「あなた、誰?」


 うおっ!喋れるんだ。すごいな。


「もしかして、日本人?」


 なぜこいつが知っている?と思ったが、召喚者の勇者によって造られたホムンクルスだ。制作者にでも教えられたのだろう。


「そうだけどどうした?」


「……名前を教えて」


 儚く、か細い声で言った。まるで、その答えが自分の全てだというように。


「荒瀬優。優って呼んで」


 と、俺が言うと、ホムンクルスの少女はガラスの蒸留器を内部から破壊し、机の上から飛び降りると、見る見る内に大きくなった。


 その姿は、15才くらいの160センチほどの女の子で、金色の瞳に、日本人のような黒髪をしており、物凄く整った容姿と、彫刻のように精巧な肉体を持っていた。


 その子は裸のまま近づいてくると、俺に抱きつき、至近距離で顔を見上げると、目を合わせて言った。


「私の名前は、三島真理。今から荒瀬真理。あなたのお嫁さん」


 と、衝撃の事実を伝えたのだった。


「いやいやいや、なにその急展開!流石に怖いよ!まず服着ようよ!どこかないの!?」


「ある。取りに行く」


 そういうと、素っ裸の後ろ姿を晒しながら扉を開けて出ていった。


 しばらくして、セーラー服のような服を着て戻ってきた真理は、俺の前でくるりと一回転すると、見せびらかすようにしてポーズをとった。


「どう?」


「なんでやねん」


 なんで、日本の制服があるの?


 劣化していないのは理由は分かる。この空間にある物体は劣化しないからだ。


 しかし、なんでこんなところにセーラー服?しかも完璧にどこかの高校の制服。これは絶対におかしい。


「どうしたの?優はこの服、気に入らなかった?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど。なんでその服がここにあるのかなーって思って」


 と言うと、真理はなにかを思い出したかのようにして表情を動かすと、俺を見て言った。


「忘れてた。オリジナルの記録映像がある。日本人に見せろって言われてた」


 そう言うと、さっきとは違う部屋へ進んでいき、俺もその後ろをついていく。


 部屋に入ると、そこは和室のようで、ベッドやクローゼットなど、人が生活できるような部屋になっていた。


 真理は畳の床に座り、机の上に置いてあったキューブを触ると、何かの映像が流れた。


「座って」


 真理は自分の横に座るようにと床をポンポンと叩き、俺はそこに座る。


 そして、流れ出した映像を二人で見る。


 始まった映像には一人の少女が映っていた。


 その少女は美しく、儚い印象の少女で、真理によく似ていた。


 やがて映像の中で口を開くと、真理についての説明を始めた。


『えー、ちゃんとできてる?うん。分かった。よし、それじゃあ』


 ゴホンと咳払いをして、その少女は語りだす。


『私の名前は三島真理。そのホムンクルスの女の子のオリジナルだよ』


 やっぱりな。この女の子はあの子の血液から造られたのだろう。


『私は、そこにいる子に夢を託したの』


 夢?この子の夢とは一体?


『お嫁さんになることなの』


 冗談?と思ったが、その三島の表情は真剣だ。


『私は明日には死ぬかもしれない。魔王と戦うの。さっき、死ぬことを覚悟して、不意に思い出したの。昔のことを』   


 そう言って喋る少女の黒い目は、キラキラと輝いていた。


『小さいときからの夢なんだけどね、私は誰かのお嫁さんになって幸せになりたかったの。でも、この世界に召喚されて、いつ死ぬか分からない状況になったときに、改めて思ったんだ。幸せになりたいって』


 キラキラとした表情で告げる三島の表情は、嬉しそうにしながらも儚げだった。


 今にも砕け散りそうで、壊れてしまいそうな笑顔、そんな表情のまま彼女は言った。


『だから、ここに来た他の日本人の子と結婚したいなあって、その子に夢をかけたの』


 そういうことだったのか。真理のオリジナル、三島はいつになるかも分からない、永遠に叶わないかもしれない願いを、自分のクローン《ホムンクルス》にかけたのか。


『まあ、魔王を倒して日本に帰れる可能性の方が高いわけだし、死ぬ気は毛頭ないんだけどね。ごめん、時間がない。それじゃあ、その子を頼んだよ』


 そう言って、1分ほどの短い映像は終了となった。


「どう、だった?」

 

 真理は首をかしげながら聞いてきた。


 俺には三島がこの後、どうなったかは分からない。しかし、なぜだか俺は、自分でも分からないほどの情熱を掲げながら、あの女の子の願いに応えてあげたいと思った。


「真理」


「どうしたの?」


 俺は立ち上がって真理を見た。彼女は俺の瞳をじっと見つめたまま動かない。俺は、そんな彼女に……


「一緒に行かない?」


 手を差し伸べながらそう言った。


 真理はキョトンとした表情になるも、その言葉を聞いて、手を伸ばした。


 彼女は縋りつくようにして、俺の手をギュッと握りしめると、ぎこちない笑みを浮かべながらこう言った。


「一緒に、行く」

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