閑話 影
優たちがダンジョンを攻略しているとき、クラスメイトのほとんどは、優がいないことに気づいていなかった。
刃と、叶と預言者。そして優を襲ったクラスメイトの4人と団長を除いて。
「ねえ刃くん」
「ん、叶か。どうした?」
「優くんが帰ってきてない」
刃は逡巡するように腕を組んで考えていると、二人の頭に、直接響くような声が聞こえた。
『刃さん、叶さん、聞こえますか』
男とも女とも分からない、機械的な音声だった。
「刃くん、今……」
「たしかに、聞こえたな」
刃と叶が不思議そうな表情をしていると、さっきの声が喋りだした。
『よかった。聞こえてましたか。聞かれるとまずいことなので、念話で話します。喋るときは小声で言ってください。私ならそれでも聞こえるので』
その言葉を聞いて、刃と叶は互いに頷くと、誰にも聞こえないぐらいの小声で喋り始めた。
「お前は誰なんだ?クラスメイトか?」
『はい。その通りです。私の職業は預言者で、訳あって隠れながら行動をしています。そして私は、優さんがどこへ向かったかを知っています』
「なるほど、それは優がここにはいないということでいいんだな」
『はい。彼は王国に命を狙われています』
預言者が驚きの言葉を伝えると、叶は真っ青な表情で喋りだした。
「……優くんは無事なの?」
『ええ。今のところ順調です。私は彼が生き残るためのサポートをしています』
「ならよかった。なら、優くんがどこにいるか教えてくれる?」
預言者は言葉を詰まらせたかのように念話を止めると、しばらくして言った。
『それは無理です。なぜなら叶さんに優さんの居場所を教えてしまうと、彼が死ぬ危険があるからです』
「優くんが命を狙われてるのに、なにもできないなんて嫌だ」
ゆっくりと、ドスの効いた声で言った。その言葉を発したのは叶だが、刃と預言者は、その言葉を、誰が発したかを理解するのに数秒かかった。
「叶、一旦落ち着いて。声がヤバい」
刃は冷や汗を流しながら叶を宥めている。
周りのクラスメイトたちは、痴話喧嘩でもしているのだろうと思っている。刃と叶は、他のクラスメイトからは付き合っていると思われているからだ。
しかし実際は、叶は優にずっと片想いをしており、刃は画面上の美少女にずっと片想いをしている。言わずもがな、二次元だ。
二人はそう思われているのが鬱陶しいと思っているが、この場合だけは好都合だった。
「分かった。だったら自分で探しに行く」
「叶、それはさすがに……」
『はい。それならよろしいでしょう。むしろ、そうしてください。優さんは追手に隠れながら行動していますが、叶さんなら気づくでしょう?』
刃は何の話か分からないといったように首をかしげているが、叶には分かった。
「たしかにそうだね。……探しても絶対に会えないとかいうのはないんだよね?」
『それはもちろん。しかし、いつ抜け出すかが問題です。ちなみに今日の夜は無理です。理由は教えられません』
「分かった。じゃあ、いつ抜け出せばいい?」
『それは優さん次第です。彼が生き残れば明日の夜にでも出ていきましょう。ですが、王宮内には凄腕の暗殺者がいます。ステータス的には叶さんの方が上ですが、見つかって戦闘になれば、人数差で負けるかもしれません。なので、その日の夜、私がナビゲートしながら脱出を手伝います』
「うん。それならいい。優くんは絶対に生き残るから」
叶は確信を持ってそう言っている。しばらく空気だった刃も、うんうんと頷きながら同じことを考えている。
『それでは、もうすぐ団長の話が始まります。ちなみにですが団長は敵ではありません。彼は王国からはなにも伝えられていませんので』
そして会話が終了すると、すぐに団長が話を始めた。
「みんな、帰ってきたようだな。しかし、優が帰ってきていない。誰か途中で優を見たものはいないか?」
とみんなを見回してみるが返事はない。なぜなら、みんなは優が誰かをまず分かってないからだ。
だが、その言葉を聞いて明らかに動揺した様子の四人組がいた。
その四人とは、森の中で優を襲った四人組だ。
彼らは王国に脅されていた。荒瀬優を殺せ。さもないと貴様らを殺す、と。
ただの一般的な日本の高校生が人を殺す、ましてはその相手は自分のクラスメイト。
しかし、小心者である彼らは、一人のクラスメイトの命より自分達の命を優先した。4人が死ぬより、1人が死んだ方がましだ、と自分達に言い聞かせながら。
しかし、今になってクラスメイトを殺そうとした罪悪感と、優の殺害を失敗した自分達は王国に殺されるかもしれないという恐怖心が混ざりあい、彼らは真っ青になって震えた。
預言者はただひとり、四人の変化に気づいていたが、何も分からないふりをしながら優の生存を願っていた。
頼むから早く帰れるようにして!と、途中までしか進んでいないネトゲのことを考えながら。
その後、日が暮れ、モンスターが活性化する前に急いで王国に戻ると、優の捜索は騎士団に任されると伝えられた。
預言者と刃と叶は、それは嘘だなと思いながら、王国への不信感を強くしていった。
次の日の朝、召喚者たちは王宮内の神殿に集められると、台座に一つの棺桶があることに気づいた。
まさか……と各々が戦々恐々しながら佇んでいると、目の前にいた神父が告げた。
「……召喚者、荒瀬優は昨日の夜、遺体の状態で騎士団の1人に発見されました」
クラスメイトはえっ!と大きく驚きはしたものの、悲しんでいるものはあまりいない。ほとんどの人は優の存在すら気づいていないのだから。
感覚としては、友達の家の猫が亡くなったと告げられたときのような感じだ。
クラスメイトという、近しい存在が死んだのは怖いが、別にそいつのこと見たことないから分かんないといった様子でその棺桶を見つめていた。
そんな中、刃と叶は真っ青になって預言者の念話を待っていた。嘘だろ?そんなはずないだろ?と考えながら。
すると、しばらくして預言者の声が聞こえてきた。
『遅くなりました。あれは優さんの死体ではありませんよ。そこら辺から持ってきた死体です』
その言葉を聞いて、二人は安堵したように溜め息を吐くと、しばらくして言った。
「よかった。じゃあ優は無事なんだな」
『はい。彼はちゃんと生きてますよ。おそらくですが、優さんがいなくなったことを悟りないようにこうしたのでしょう』
「じゃあ今夜……」
『ええ、抜け出しましょうか。ですけど刃さんは勇者だからダメですよ』
「流石に分かってるよ」
と、三人が安心したように会話をしていると、真っ青の表情のまま安堵している四人組がいた。
預言者はその四人を睨みながら、自分の部屋へ帰っていった。
その日の夜、叶は真っ黒なローブを着て脱出の準備をしていた。
すると、例の預言者の声が聞こえてきた。
『今行けますか?』
「うん。準備完了」
装備を整えると頭をフードで覆いながら言った。
『それでは手順通りに』
叶は返事もせずに窓から飛び降りると、数メートルの高さから何の苦もなく着地し、暗闇に紛れて行動を開始した。
真っ黒なローブに包まれた影は、音も立てずに走り出す。
その職業は動物使い《ビーストマスター》。しかしそれは仮の姿。
彼女の本当の職業は暗殺者、闇に紛れて人を狩り、昼間は動物使いとして平凡を装う。
スキルは優よりも多く、15個を越えている。
ステータスは勇者の刃よりも高く、全ての能力値が10000を越えていた。
彼女は自分の愛する人を求め、暗闇の中へ消えていったのだった。
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