第9話 VS精霊王
精霊王の足音が響いた。
その瞬間、俺とミルは二手に分かれて走りだす。
俺は10倍の効果となった《身体強化:E》を使って、精霊王を中心として螺旋状に走りながら初級魔法を連打する。魂が10個になることにより、体力、俊敏、筋力も10倍になっているため、全ステータス20000は越えていると思う。
俊敏20000越えの超高速で駆け回る。目が見えていない精霊王だが、俺の居場所は特定できているだろう。
しかし、場所が分かっても精霊王は魔法を放たない。おそらく、打っても当たらないと本能的に気づいているのだろう。
奴の魔法は強力で広範囲だが、展開速度はそこまで早くない。そのため、二手に分かれて移動しながら攻撃するのが最も有効だ。
逆に、時間をかけて高威力の魔法を放つのは悪手だ。
しかし、それをしないと勝てない。ミルがいうには、一瞬で消し炭にしないと死なないとのことだ。
だが、精霊王を一発で倒すのは、今のミルでは不可能らしい。
ミルはそこら辺を走りながら攻撃がこないようにしているだけだ。
俺は初級魔法を連発し、精霊王は魔法を使う素振りは見せるが最終的には使わず、ミルは走っているだけでそれ以外の行動を起こさない。
そんな膠着状態が続いていたが、痺れを切らしたように精霊王が動き出した。
精霊王は天井に手を突きだすと、何かの呪文を唱え始めた。
「今!」
ミルがそう叫ぶと、俺は精霊王に向かって走り出した。
精霊王が使おうとしている魔法は《死の子守唄》という、使われたら最後、対象を必ず死に至らしめる魔法だ。
だが詠唱は長いため、本来なら戦闘中に使う魔法ではないが、今までの攻撃から俺たちが一撃で自分を倒すような技がないと気づいたのだろう。
たしかに、俺とミルの単体の魔法では勝てないが、《同調》のSをうまく活用すれば勝てる。
《同調》のAは感情と思考をリンクさせるが、Sまでいくと、魂まで共有されるようになるらしい。
だが、同調する相手と、レベルが1でも違えばステータスは反映されないし、魔法適正は絶対に変化しない。共有できるのはスキルだけだ。
だがそれでいい。俺のスキルから《術式展開速度:S》と《魔法使用速度:S》、そして《演算処理》。
同調によって、ミルのスキルから《多重術式》と《獄炎》を使う。
術式展開速度と演算処理により、10個の魂それぞれが8個ずつセットされた魔法を同時に放つ。
使う魔法は火属性の上級魔法。無詠唱では発動できないが、適正は1000を越えているので詠唱すれば発動できる。ここに来る途中、ミルに教えられて何度も詠唱を練習していた。
詠唱によって発動する場合、肉体から発せられる命令によってマナと魂から魔法を放つ。
そのため、同じ魔法を2個放つのなら、一度の詠唱で済ませることができる。一般人は一度に2つまでしか魔法を発動できないが、俺は演算処理と魔法使用効率、そして10個の魂により、一度の詠唱でに80個の魔法を放てる。
ミルのスキル、《多重術式》は使用する魔法が同じなら二乗の威力にして放つことができるようにするスキルだが、本来は何乗でも重複できる。
そのシステムの穴をつき、俺は火属性の上級魔法の80乗の威力を放てるようにした。
そこに、最後のダメ押しとばかりに《獄炎》という、火属性魔法で攻撃したとき、魂まで同時に攻撃するというスキルを使う。
そして詠唱が完了し、俺はいつでも魔法を発射できる状態となった。
しかし、精霊王の、真っ白で虚ろな瞳のままゆらゆらと歩いている様子を見ると、つい躊躇ってしまう。
こいつだってこんなふうになりたくてなったわけじゃないのに、いつのまにか殺されていたなんて悲しすぎる。
俺が躊躇したその瞬間、精霊王は俺ではなくミルの方を向くと、まだ詠唱は終わってないはずなのに手を突き出した。
俺は魔法の発動を中止すると、無意識のまま走りだし、ミルに向かって放たれた魔法にぶつかる。
使った魔法は土魔法だったようで、その土弾は俺の腕を吹き飛ばすと軌道を変え、後ろの壁に突き刺さった。
「ゆ、ユウ!」
後ろで身をかがめていたミルは泣きながら俺のそばに駆け寄り魔法を発動しようとしたが、その前に俺の腕は再生した。
「っ、ひっぐ、うんっ、っ、無茶しないでよ!」
ミルは、泣き腫らして赤くなった目を擦りながら俺を怒鳴り付けた。
「ごめん。でも、ミルに傷ついてほしくなくて」
「ユウが傷つく方が、よっぽど傷つくよ!」
ミルはなおも、俺のことを叱ってくる。しかし、虚ろな双眸で俺たちを捉えながら今にも魔法を放とうとしている精霊王は感動のシーンなどには躊躇わない。
さすがの俺でもここから魔法で相殺するのは難しい。いや、できないだろう。
俺が死を覚悟した瞬間、脳内で大量の情報が渦巻くようにして過去の出来事を振り返り、とあるシーンで時間を止めた。
そのシーンはつい最近のこと。俺が骸骨の近くに落ちていた聖なる剣を拾い、骸骨の装備やら装飾品やらを全て貰っていくと、骸骨の指に嵌まっていた、透明な宝石の指輪に吸い込まれるようにして収められたシーンだった。
次の瞬間には元に世界に戻っており、目の前には手を突き出した状態の精霊王がいる。
さっきのは走馬灯か?
走馬灯とは、死を直前にしたとき、その状況を打開するため、今までの体験を一瞬にして蘇らせるものだ。
ならばさっきのは?さっきのシーンは骸骨からアイテムを強奪しているところだった。
さっきのシーンにこの状況を打開するヒントが?
まさか、あの聖剣?
……もうそれしかない。これ以上考えても打開策は見つからない。
俺は一振の長剣に願いを託しながら聖なる剣を出現させると、手に持った瞬間、思いっきり振りかぶって、精霊王目掛けて投げつけた。
その剣は地面に平行に進み、真っ直ぐに精霊王の腹へと突き刺さると……
『ギィエェェアアアアァァァ』
大きな断末魔を上げながら倒れこみ、青白い肉体からは真っ黒な瘴気がポロポロと浮き出ると、腹に聖剣が刺さっている精霊王の肉体からは血色が戻り、健康な肌色へと戻った。
「え?何が起こった?」
後ろでは唖然とした表情のミルが口をパクパクとさせている。
「俺も分からん」
二人して呆けた表情をしていると、倒れていた精霊王はムクリと起き上がり、さっきまでの白目ではなく綺麗な碧眼の瞳で俺を見つめると、こちらへ向かって走りだし、次の瞬間には俺に抱きついていた。
「助けてくださりありがとうございます!勇者様ぁ~!」
「「勇者様?」」
死んでいたかのように見えた精霊王は、起き上がって剣を抜くと、俺のことを勇者と呼ぶ、泣きながら抱きついてきたのだった。
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