第8話 太古の精霊峰
ミルのいた部屋から抜け出し、とりあえず前に進んでいるときのこと、ずっと気になっていたことを聞いた。
「そういえばミルってなんでこんなところにいたの?」
ミルは久しぶりの来客と言っていたが、なぜこんなところに長い間封印されていたのだろうか?
「妹を助けるためよ」
躊躇いもなく、堂々と言った。
こいつ姉妹想いなんだな。惚れるわ。
「妹がいたのか」
「ええ。私の唯一の家族だったのだけど、知らない神に神獣にされたの。だから神獣から元の姿に戻すために、このダンジョンの宝を手に入れようと思ったのだけど、いつのまにか封印されていたわ」
知らない神か。もしかしたらそのクソ野郎は、俺たちをこの世界に召喚させた野郎かもしれないな。
それにしても……
「独りであんなところにいて、寂しくなかったの?」
「いいえ。だって、封印されている間はあなたが来るまでずっと寝ていたわ」
「ならいいんだけど」
そうして沈黙が流れる。辺りには俺とミルの足音だけが響いている。
そのまま歩いていると、今度はミルが口を開いた。場の空気に耐えられなかったというよりかは、ずっと聞きたかったことを聞く決心がついたように見えた。
「ユウはこれからどうしたいの?」
これからしたいことか。そういえばまだ何も考えてなかったな。
「まずはここから脱出するか」
「まあ、それが前提条件なのだけど。ここから出たとして、その後の話よ」
ミルは、俺を問い詰めるようにして聞いてくる。
別に隠しごとがあるとかではなく、ただただ考える時間が無かっただけなのだが。
「じゃあ、ミルの妹を元に戻そうか」
「えっ?」
ミルは驚いたような声を出すと、口を半開きにしたまま俺の顔をじっと見つめた。
「い、いえ。それはありがたいのだけれど、本当にいいの?しかも、ここを出られるかどうかが分からないのに」
「いや、勝手に支配しちゃったしそっちの事情を優先するのは当然だよ。それと、ここを出られるかどうかが分からないってどういうこと?今まで結構進んできたけど、モンスターとかには出会わなかったよ?出口がないわけではないよね?」
「たしかにここにはモンスターはいないし出口はあるわ。でも、一番奥の部屋にボスがいるのよ」
ボスかあ。なんとも心踊るワードじゃないか。
「それってどんな敵?」
ミルは険しい顔つきで言った。
「精霊王よ」
「精霊王?」
ついオウム返しで聞いてしまった。しかし、そうしてしまうのも無理がないと思う。だって、なんで精霊界にいるような精霊の王様がこんなところのボスを?
「昔の精霊王なのだけどね。そして、そんな精霊王が封じ込められている、このダンジョンこそ《太古の精霊峰》。精霊の霊峰といっても彼女独りだけだけどね」
「なんで精霊王がこんなところに?」
「本来は精霊界にいたはずの彼女は、太古の死霊の魂を埋め込まれてアンデッドのような醜い姿にさせられたの。自我もなくして大量の精霊を殺してここに封印されたらしいわ」
……アンデッド化した精霊王か。本来ならそんなことはあり得ないのだろう。精霊王に魂を埋め込むことができるほどの人物とは一体?
まさか。と、俺の思考がとある答えに導かれたとき、ミルは俺の表情を見て言った。
「そう。おそらくだけど、私の妹を神獣に変えた神と同じ存在よ。魔力が同じように見えたから」
「なるほど。それじゃあ、どうやってその精霊王を倒すかを決めないとな」
「ええ。そうなのだけど……」
と、途端に口ごもる。どうしたんだ?
「多分、今の私たちじゃ勝てないわ」
「え、マジで?」
なんとなく強キャラ感出てるからミルは強いのかと思ってた。
「今の私じゃ勝てないわ。封印から解けたばかりで力が完全に戻ってない。そしてあなたはこの世界に来たばかりでレベルもろくに上がってない」
それはそうかもしれない。ステータスはもう確認できないが、レベルはおそらく7のままのはずだ。あのときから一度もモンスターを倒してないから。
でも……
「レベルは上がってないはずなのに、やけにステータスが高くなったような気がしたんだよな」
ミルは俺のその言葉を聞いて、考えるようにして、口元に手を添えると、しばらくして言った。
「それはおそらく魂が増えたからね。あなたの体には、まったく同じ魂が10個入っている。そしてステータスは魂の能力が反映されている。だから魂が10個増えたならステータスはその10倍になるはずだわ」
「え、マジで!」
「普通は1つの器に魂が何個も入るなんてあり得ない。できても2つか3つよ。それに失敗したらここの精霊王みたいになるわ」
ええ、恐ろしいな。一歩間違えてたら廃人とかシャレにならないな。
「それに、もし成功しても、どの魂が器を操るかでずっと言い争いを続ける場合もあるわ」
「たしかに、最初は頭の中でうるさかったけど、《同調》ってスキル使えばどうにかなった」
「なるほどね。同調がAランク以上の状態なら感情と思考までリンクさせられるから。でも、10個の魂に耐えた器はどうなっているのよ。それもまたスキル?」
「ああ、《自然回復》がSだからだと思う」
すると、ミルはあんぐりと口を大きく開けると、驚きを隠せない様子で言った。
「し、自然回復のSなんて神話級のスキルじゃない!あんたのレベルじゃ秒間1000しか回復しない効果だろうけど、レベルが80を越えたら秒間に10%回復させる能力なのよ!」
レベルによって効果が変わるのか。でも10%ってあんまり回復しなくない?
ミルは俺の表情を見ると、呆れたようにして言った。
「その顔、分かってないわね。基礎魔力が高ければ高いほど回復できる魔力量と体力は上がるのよ。なら本来の私の魔力量、80万のときには一秒で8万も回復するのよ」
「へえ、なるほどな……え!」
まじかよ!チート能力じゃねえか!
「しかも、魂が10個ということで自然回復のSが10個分だから……」
「「秒間で100%回復!」」
俺たちは顔を見合わせて言った。
こ、これは強くなりすぎたんじゃないか?
「いえ、これでもあの精霊王には勝てないわ」
その言葉を聞いて、また沈黙が流れる。
「でも、あんたのスキルってまだあるのよね?よければ教えてくれない?」
「ん?別にいいけど」
そうして今持っているスキルを全て伝える。
全て伝えたのだがミルは俯いたまま固まっている。
俺からはその表情は見えないが、一体どうしたのだろうか?
「……てる」
「え?」
「これなら勝てる!」
大声で叫び、俺の方を向くと、
「今から、精霊王を倒す作戦について説明するわ」
不敵な笑みでそう言うと、こそりと耳打ちするようにその内容を伝えた。
こそこそとした作戦会議が終わると、静かなダンジョンに二つの大きな笑い声が響いた。
そして、しばらく歩いているときのことだった。
「着いた」
ミルが急に立ち止まって言った。俺も目を凝らして前を見ると、
「扉だ」
目の前に大きな扉がそびえ立っていた。
自分の周りしか灯りがなくてまったく気づいてなかったが、ミルの封印されていた部屋の扉の何倍も大きい扉がそこにはあった。
緊張して呼吸が荒い。大きく深呼吸をする。
ミルは俺の方を見ないまま言った。
「手順通りにね」
「分かった」
そんな短いやり取りの後、俺たちは視線を合わせると、どちらからともなく言った。
「「いくよ」」
互いの言葉を聞いて、二人で前に進むと大きな扉は自動的に開いた。
中には入る。するとそこには、身長170センチぐらいの青白い女性が、静かに目を瞑って座っていた。
その座っているものは、骸骨のようなものでできており、吐き気がするほど醜悪な形をしている。
青白い女性は、その場で立ち上がると、瞑っていた瞳をゆっくりと開いた。
その瞳は白く濁っており、一切の生気を感じさせない。
見えていないはずの瞳を俺たちの方に向けると、おぼつかない足取りで、ゆっくりと一歩を踏み出した。
コツン、と小さな足音がした。
それが開戦の合図だった。
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