第7話 ミル

 目の前には黒髪の美幼女が倒れている。


 え、何この子?めっちゃ可愛いんだけど?


 この子は俺の好みドストレート。小学4年生ぐらいの見た目に、自らの腰よりも長く艶やかな黒髪。


 可愛らしい寝顔からのぞく口元は、ヨダレを滴しながら、だらしなくくずれいる。


 気がつくと俺はその子に向かって歩き出していた。


 ま、待て、抑えるんだ!俺はロリコンだがぺドフィリアではない!体が勝手に動く!


 どんどん寝ている女の子に近づいていく。端からみたら犯罪を犯す直前の状況。


 俺はその子に近づくと、無意識のうちに手を伸ばし……


 もにゃもにゃとした、可愛らしいほっぺたをつついていた。


「…………」


 な、なんだこのほっぺたは!この世のものとは思えないほど柔らかい!そして可愛い!


 そうして、伸ばしたりつついたりして、柔らかいほっぺたを堪能しているときのことだった。


「むにゃむにゃ……痛い!誰よ!この私のほっぺを触ってるのは!」


 眠っていたその子は目を見開いた。その瞳はルビーのように真っ赤で美しい。


 彼女は飛び起きると、俺の顔を見て言った。


「ん、貴様か。どうやら眠っていたようだ。すまないな。で、さっきの話の続きだが」


 俺のことを知ってるような口ぶりだ。しかし、俺はこの子を見たことがない。どこかで会ったとしても、こんな可愛い子を俺が忘れるはずがない。


 ではこの子は誰?


 ジーッと見つめてみる。


「ん、なんだ?今さらながらに私の姿に恐怖しているのか?ははっ!あのときはあれだけ自信に満ちていたのにな!」


 と、1人ハッハと笑いだした。


 さっきの口調、俺を知ったような口ぶり、そして、悪魔がいた場所から現れたこの子は……。


「もしかしてさっきの悪魔?」


「はっ!何を見ているんだ?見れば分か……」


 美幼女は、自信の姿を見て唖然とした。


「な、なんで!変身が解けてる!しかも戻れない!なんでぇ~!」


 美幼女は1人で騒いでいる。おそらく、いや、これはもう確定だろう。


 この子はさっきの悪魔で、あの姿は何らかの方法によって変身していた。


 今更ながらに現在の自分の姿に気づき、悪魔の姿に戻ろうとしたのだろうがそれはできなかった。


 おそらく《支配》が成功して、俺がこの子の全権を支配したからだ。支配は許可なしでのスキル、魔法の行使を不能にする。だから支配を使った瞬間に変身が解け、幼女の姿になったのもそのせいだろう。


 黒髪の美幼女をジーッとみつめる。


「み、見るなぁ~!」


 大声でそう言うと、恥じらうようにして顔を隠した。その表情は窺えないが、耳が真っ赤になっているので、物凄く恥ずかしがっていることが分かる。


「さっきの悪魔だよね?」


 しばらく口をつぐんでいたが、深くまばたきをすると、諦めたように口を開いた。


「そうよ!あなたと取引をしたさっきの悪魔よ!最上位悪魔なのにこんな姿じゃ馬鹿にされるから変身してたのに、あの姿に戻れなくなった憐れな悪魔よ!なにか文句ある!?」


 今にも泣きそうな顔でそう叫ぶと、床にペタリと倒れこみ、ジタバタと手足を振って暴れだした。


 しばらくして急に止まり、彼女は俺の顔をキッと睨みつけた。


「なに?笑いなさいよ。何の力も使えなくなったし、見た目もこのさまじゃ私はただの女の子よ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」


「そんなことはしないよ。力を使えなくなったのは俺のせいなんだから」


「あなたのせい?あなたみたいな人間がこの私に何をしたっていうの?」


 と睨み付けながら聞いてきた。煮るなり焼くなり好きにしろと言う割には全然好きにさせてくれなさそうだ。


「俺は異世界から召喚された勇者の仲間なんだ」


 と俺が言うと、彼女は思考を巡らせるようにして腕を組み、そして言った。


「……聞いたことあるわ。稀に異世界から召喚されてくる勇者とその仲間は強力なスキルを持っていると。それで、あなたのスキルはなに?」


「何個かあるんだけど、君に使ったのは《支配》ってスキル。人間以外の対象の全てを掌握して支配するスキルだよ」


「そ、そんなのずるじゃない!そ、それなら、力を封じられて私の姿も変身させられないのは……」


「俺のせいだね」


 と俺が言うと、彼女は真正面から襲いかかってきた。


「戻せ~!お願いだから戻してえ~!」


「やだ。可愛いから絶対にそのままがいい」


 すると、彼女は顔を真っ赤にして、憤怒の表情でポカポカと殴ってきた。


「そ、そんなこと言っても無駄よ!お世辞だってことぐらい分かるんだから!」


 お世辞じゃないのに。でも絶対に姿はこのままがいい。


「それに、あなたはなんでこんなところにいるのよ!仲間は一緒にいないの?」


「それは……」


 ここに来ることとなった経緯を話す。レベルを上げていると仲間に殺されかけたこと。味方でたるという預言者の言葉に従って追手から逃げていたら、このダンジョンに入ってしまい、ついには悪魔と契約して死の覚悟を決めたこと。それらを話したのだが……


「ひっく、ごめんねっ、そんなっ、辛いことがあったのに、怖い思いさせてっ」


 泣きながら謝罪された。この子いい子だなあ。


「別に気にしてないからいいよ。それにごめんね。不意打ちでスキル使って。今解除するから」


 そう言って、ステータス欄から《支配》を確認しようとしたときだった。


「え!何これ!」


 ステータスがバグっていた。文字がぐちゃぐちゃで変な記号まみれになっている。


 もしかして、たくさん魂が入ってきたからか?ステータスは魂の能力が反映されているらしいからおそらくそうなのだろう。


 ステータスが確認できなくなった。


「ごめん。解除できそうにない」


 彼女は一瞬にして泣き止むと、呆けた表情で言った。


「え、嘘でしょ?」


「ホント」


 彼女は絶望したような表情になると、諦めたような顔で溜め息を吐き、俺に向かって言った。


「仕方ないわ。私はあなたに支配された。なら、私はあなたに死ぬまで付いていくわ」


「本当!」


「仕方なくね」


 ほんとうに~?そんなこと言ってるけど、まんざらでもないんじゃないの~?


「気持ち悪い笑みを浮かべないで。そういえば、名前をまだ聞いてなかったわね。何て言うの?」


「荒瀬優。優って呼んで」


「分かった。ユウね。私の名前はミルよ」


「うん、ミル。これからよろしく」

 

 そうして、俺と彼女の冒険が始まった。

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