第44話 家庭教師をする海斗

 海斗はぐるぐると麻保の周りをじろじろ見ながら歩いた。麻保は、自分の顔が様々な角度から見られているのが恥ずかしくてたまらない。今日は髪の毛が少し跳ねて外を向いているし、素顔でニキビまでしっかり見えそうだからだ。


「あんまり気にしなくていいよ、もうばれちゃったんだからさ」

「そうだよね。何も変わらないよね、ばれても」


 そうであることを祈るような気持ちだ。それ以上に、顔を至近距離で見られる方が気まずい。感情を表にあらわさないところがさらに怖い。


「これからのことの方が大事なんだからね」


 と言いながら、頭を撫でた。それほど怒ってはいなかった用で一安心だ。机の上には、試験の時間割が張られている。今度はそれに目を止めた。


「試験来週なんだね」


 思い出したくないことを言われしまった。自信は全くないのに、勉強する気が起きず時間ばかりが過ぎていたのだ。手も足も出ない状態。


「勉強……あんまりしてないんだ。だから、結果は惨憺たるものだと思う」


 海斗はきっと顔を上げ麻保を見た。その眼には強い意志がみなぎっていた。


「どうして今からそんなことを言ってるの? 準備しておけばそれなりの成果が出るよ」


 だが、そういうことが簡単に言える海斗がうらやましい。大学生なんだもの。


「その、準備っていうのが、どうすればいいのか、よくわからないの。だから、いつも、結果はひどいもので」

「どのくらい?

「人には言えないくらい。正直に白状するけど、五十点以上を取ったことが無いっていうか、ほとんどの科目が三十点ぐらいで……時には赤点なんかもとったりして……」

「よ~し、もういい!」


 麻保はうなだれた。


「それじゃ今日は僕が家庭教師をしてあげる。そして、今回は友達を驚かせよう!」

「わああ、すごい。そんなことができれば、きっと気分がスカッとするし、私でもやればできるってことを見せつけられる。だけど家事代行できたのに、家庭教師をやってくれるの」

「麻保ちゃんさえよければね。部屋の掃除をやめて勉強を見てあげる」

「いいです! いいです! 部屋なんて大して汚れてないし、後で自分でささ~~っと掃除しておけばいいし」

「そっか、じゃ早速教科書を出して。範囲を教えて」

「わあ、助かる、ありがたいなあ~~」


 海斗の後ろに後光が差している。救いの神が現れたような気分だ。今まで勉強のことを話題にしたことが無かったのが不思議なくらいだし、話したからと言って助けてもらえるとは思ってもみなかった。


「さあ、座って、僕は厳しく指導するから覚悟して」

「おおお~~~、大変。頑張りますう」


 麻保は座ってまずは最も苦手な理科の教科書を開く。化学式が羅列していて、謎の記号のようにしか見えない。


「これをどうやって勉強するの」

「丸暗記しようと思うから難しいんだ。理解しながら要点を覚えなきゃね」


 それは先生にも言われているような気がするが、夢の中で聞いたような言葉だ。集中していなかったのかもしれない。


 海斗は一通り説明してから、授業でもらったプリントの問題を読み上げる。答えが書いてあってもなかなか覚えられなかった問題だったが、説明を聞いてみるといくつか回答できるようになった。


「まだまだだな。何度も繰り返さないとね」

「だけど、ほとんどわからなかったのに、何個か回答できるようになっただけでもすごい。今まで全然わからなかったのに。理科の天才ね」

「そんなことはないよ。それじゃ、今度は歴史にしようかな」

「わあ、これも苦手なんだ」

「麻保ちゃん得意な教科はあるの」

「恥ずかしいけど、ほとんどない。かろうじてできるのは国語と美術。私絵を描くのは結構好きなんだ」

「へえ、じゃ、勉強が終わったら僕の顔を書いてもらおうかな」

「それなら喜んで。お礼に何枚でも描きま~~す」


 海斗は歴史の教科書に書かれた人物について、興味が持てるように説明した。


「こういうふうに勉強すれば、歴史も楽しくなるのね」

「歴史も、人物像を生身の人間として頭に描くと面白いよ」

「わあ、こんな人今の時代にいたらちょっと怖いけど面白い」


 麻保は時間も忘れて話に聞き入っていた。勉強しているということもいつの間にか忘れていた。すぐそばにぴったりくっついて説明する海斗の体温までが伝わってきそうな夕方だった。

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