第39話 海斗の友達に遭う

 今日は土曜日。ファミレスで二人で食事をすることになっていた。


 麻保はいつものように朝からうきうきしている。裾がゆったりした大人っぽい紺色のワンピースを着こみ、ほんのりお化粧もした。


 正午に店の前で待ち合わせをしていた。時間ぴったりに店の前へ行くと、海斗が手を振っていた。


「待たせちゃったかな」

「それほどでもない、今来たばかり。さて、入ろうか」

「は~い、混んでないといいけど」


 名前を書いて待たされるのかと思いきや、すぐに席に案内された。座ろうとした途端、どこからか海斗の名を呼ぶ声がした。


「海斗、海斗じゃないか!」


 隣の席で、笑みを浮かべ片手をあげる一人の男性がいた。海斗の後ろにぴったりとくっついている麻保を見て、にやりとした。


「あれ、彼女と一緒?」

「そう」


 男性は海斗の友達のようだ。海斗は麻保に紹介した。


「こちら僕の大学の同級生で、田中君。いつもお世話になってるんだ」

「どうぞよろしく」

 

 と握手を求めてきた。麻保が手を差し出すと、大きな手がぎゅっと小さな手を握った。麻保は、驚いて恥ずかしそうに挨拶した。


「よろしくお願いします。麻保です」

「へえ、麻保ちゃんっていうの。よろしく。海斗、こんなかわいい彼女がいるなんて知らなかったぞ」

「まあな、バイト先で知り合ったんだ」

「へえ、バイトねえ」


 あれ、バイト先だなんて言ってしまっていいの。追及されたら、なんて答えたらいいんだろう。海斗さん、まずいんじゃないの。だが、田中はそれ以上は質問しなかった。


「俺もこれからバイトに行くところ」

「ああ、コンビニだっけ、スーパーだっけ」

「コンビニで夕方まで。いいねえ、今日はデートだったんだ。俺は目下、彼女募集中」

「そうだったな」


 すると、急に麻保の方を向いて話しかけてきた。


「麻保ちゃん」

「はっ、はい」

「麻保ちゃんも大学生なの?」

「いいえ、私は高校生です」

「へえ、女子高生、年下だね。海斗とはいつから付き合ってるの?」

「えっと、二か月ぐらい前からです」

「へえ、まだそのくらいなんだ」


 海斗がちょっとトイレへと席を外した。すると、田中は椅子を麻保に近づけた。


「海斗のどこが気に入ったの?」

「それは、優しいところとか、いろんなことを知っていて教えてくれるところとか、それに彼はハンサムでしょう」

「へえ、ぞっこんなんだね。海斗の方からアプローチしてきたの」

「そ、それは」

「あれ、麻保ちゃんの方からかな」


 麻保の顔を赤らめて困っていると。


「麻保ちゃんって積極的なんだね。積極的な女の子って魅力的だな」

「そんなことはなくて、私今まで男性とは話をしたことが無いくらいで」

「へえ、そうなの。じゃだいぶ慣れたってことか」

「それほどでもありません」


 早く戻ってこないかな、と念じたがまだ戻ってこない。


 質問はまだ続くのだろうか。隣の席に座っていたのだが、椅子をずらしてどんどん近寄っている。斜め前に座る田中は脚が長いのかジーンズの膝先がつんととがっていて、半そでシャツから覗く腕は日焼けしている。


 海斗さん以外の男性が、私にこんなに積極的に話しかけてくるなんて、こんな経験は初めてだ。自分が男性にモテるとも思ったことはなかったのに。


「付き合ってからまだ日が浅いわけかあ。海斗は優しいんだ麻保ちゃんには。大学では女子には割と素っ気ない態度をとってるんだけどな。だって、あいつモテるからさ」

「えっ、モテるんですか!」

「もう、モテるなんてもんじゃない。バレンタインデーなんか大変なもんだ、バッグがチョコで一杯になるし、授業の時は隣の席に座りたがるし、俺なんかそばにいると悪いみたいだよ」

「えっ、えっ、そんなにモテモテだなんて知らなかった!」

「ああ、心配させちゃったかなあ。大丈夫だよ、麻保ちゃんは可愛いから、海斗の好みだろうし」


 わあ、そんな話を聞かされて目の前が真っ暗になる。すると、海斗がようやく戻ってきた。


「海斗さん……」

「どうしたの、顔色が悪いけど」

「大丈夫だけど……」


 ちっとも大丈夫ではない麻保だった。斜め前では相変わらず田中が意味ありげに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る