第34話 やっぱりバイトはやめないの?
こうやって砂に潜っていると、眠くなってくるう~~。
うとうとして、目がくっつきそうになり、とうとう麻保は眠りに落ちてしまった。じりじりと、次第に体が熱くなってきて目を開けた。
「ん、私眠っちゃってたかな?」
「ちょっと」
「どのくらい?」
「まあ、三十分ぐらいだな。あまり気持ちよさそうだったから、起こさなかった」
体も温かくなり、っていうか暑くなってきた。もう起きた方がいい。脱水症状になったら大変。
「よいしょっ、んっ、固まってる」
「砂が固まったのかな」
乾いて硬くなった砂の中から、麻保を引っ張り出して海斗が言った。
「うわあ~~、泥人形だ~~!」
「えっ、えっ、やだああ~~、こんなに砂まみれになってる」
体中に砂が張り付いて泥人形のようになっていた。体をはたくとだいぶ落ちたが、水着の境目にも入り込み気持ちが悪い。
「海で洗ってくる」
「それがいい。濡らしてくるといいよ」
麻保は、腰まで海水に浸かりながら、体に着いた砂を洗い落とした。水着の中に入り込んだ砂も洗い流して、すっきりして気持ちでバスタオルの上に座った。
「また濡れちゃったね」
「でも、砂は綺麗に取れたし、体の熱もとれた」
夏休みはまだまだ、デートのチャンスはあるのだろうか、と麻保は海斗に訊いてみた。それと一番気になっていること、彼氏代行業のバイトはまだまだ続けるつもりなのか。
「あの……質問があるんだけど」
「なに、怖い顔して」
そのことを考えると、怖い顔になる。口角をきゅっと上げて、笑顔を作る。これなら怖くないだろう。
「えっと……アルバイトのことなんだけど」
「ああ、今のアルバイトね。何か訊きたいことがあるの」
「まあ、そうなんだけど。最近、いろいろ考えることがあって」
海斗は人差し指で麻保の鼻の頭を撫でた。
「ん? ひょっとして、麻保ちゃんもやりたいとか、そういうことかな」
「ひえええ~~っ、違います。違いますったら。私なんかとっても無理っていうか、誰も相手にしてくれないだろうし」
「そうだな、こう見えて、結構きつい仕事なだからね。こういう、派遣のバイトは、向き不向きがある。どんな家に行くかわからないし、いつもすんなり気に入ってもらえるとは限らない。後でクレームをつけられることもあるんだ」
「ええっ、クレームって、どんなことを言われるの?」
「そうだな、仕事が遅いって言われたこともあるし、こちらの思い通りになっていないって怒られたこともある。まあ、お客さん相手の仕事ってなんでもそうだけど、相手に気にいられなければダメなんだ。顧客満足度百を目指しても、九十ぐらいになれば良しとしなければね」
「そうなのね、やっぱり大変なのね」
って、そんなことで感心している場合じゃなかったんだけど。彼氏代行業で、顧客満足度を目指すとか、本物の彼氏の言うことかしら。それにやめてもらおうと思って、説得していたのに脱線してる。
「っていうことは、まだまだこの仕事は続けるということ?」
「そりゃね。勉強になるから。ほかにもっといいバイトがあれば、やめるかもしれないけど、今のところないから」
「そうなの……」
これ以上この話を続けていてもらちが明かない。だけど、何の勉強になるのか……。ちょっと怖い。
「だけど、海斗さんは私だけの彼氏よねえ~~」
「当たり前でしょ。僕は二股なんかかけてないし、そんな奴じゃないよ。信用して」
「信用します」
本気の彼女は私だけってことで、今のところは我慢しよう。何事も、今後の仕事のためらしいから。
「じゃ、その証拠に」
海斗は麻保のおでこに軽くキスをした。あまりにさりげないので、不意打ちを食らったような気分だった。
「あっ、驚いてるうちに終わった?」
「ああ……」
「それじゃ」
ッと海斗は、今度は自分の唇を軽く麻保の唇に乗せた。チュッと軽く乾いた音がする。
こういうことは、あの年上の熟女のお客さんとも絶対ないはず。と確かめたくなった。
「こういうことは、この間の年上の美人ともない?」
「そんなことあるわけないだろ! 本当に、怒るよ、そんなことを言うと。なんか僕のことすごい疑ってるみたいで、嫌だなあ。麻保ちゃんって、結構やきもち焼き?」
「あああっ、そうじゃないけど、熟女って素敵じゃない」
「もう、僕はそんな下心はないからね。まあ、そんなに焼きもちを焼いてもらって、悪い気はしないけど」
「もうっ、海斗さん!」
麻保は自分のおでこを思い切り海斗の腕に摺り寄せた。海斗は、麻保の頭を子供をあやすように撫でた。どうしたら、彼を独り占めできるんだろう。麻保は、本気で悩んでしまった。
「またデートしようね」
「もちろん」
その言葉を聞き、麻保は海斗の腕に頬を摺り寄せた。
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