第26話 カフェでデート
十二時きっかりにカフェについた麻保は、海斗の姿を探した。
まだ姿が見えないなあ。仕事が伸びてしまったのかなあ。
年上の女性に引き留められているのではと落ち着かない気持ちになる。テーブルは、半分ぐらいが埋まっていた。二人掛けのテーブル席をにバッグを置き席を取っておく。
テーブルに置かれたメニューを見ると、パスタやサンドウィッチに飲み物が付いたセットが数種類あった。どれもおいしそうで、何にするか迷う。スマホを取り出してみたが、メールは入っていなかった。待ち時間が少なく、気軽にランチが取れるのでしごと途中で一人で食事をしている人、友人同士やカップルもちらほらいる。
連絡先を知っているってこんなにも楽しいものなのね。麻保はほくそ笑む。前に座って一人でパスタを食べていた男性の顔が引きつった。
ああ、いけないっ!
入り口に目を凝らすが、まだ海斗は現れない。
「まあ、慌てずに待つことにしようっ、まだ十二時きっかりだものね」
前にいる男性に余裕のある所を見せて、スマホを操作する。見ていてね。後で素敵な人が来るんだから。ひとしきりいじっていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。
「麻保さん。待ちました?」
男性にさらに得意げな表情を投げかけいう。
「ええ、少しだけ……」
「すいません。草取りにてこずりました。ここのところ雨が多いし、気温も高くなったから思いのほか多くて。抜くのにてこずりました」
「お疲れさま。厚かったでしょう。ああ、そうだっ。家の雑草も伸びてます。来週来てください!」
「おお、いいですよ! お姉さんの許可を取ってから、呼んでくださいね」
と営業は欠かさないが、麻保からそういわれると嬉しくなる。先に予約が入れば、他からの誘いは断れる。
麻保は手元のメニューを海斗に差し出した。
「さ~て、何を食べようかな」
メニューの写真をうつむき加減に見ている顔は整っていて、長いまつげが瞬きするたびに揺れる。麻保はメニューではなく、海斗の顔をじっと眺めた。
「麻保さんはもう決めましたか?」
先ほどからメニューは念入りに見て考えていた。
「私は、これにします」と指さした。
「ふ~む、サンドウィッチセットか」
「はい、端にちょっとサラダもついてるし。ドリンクはオレンジジュースにします」
「僕は、えっと。パスタにしよう。ボロネーゼ、それとアイスティー」
顔を上げた海斗と目があった。先ほどからずっと顔を眺めていた。
「そんなにじっと見られると恥ずかしいですよ。麻保さん、珍しいものを見てるみたいだな」
「アハハ! そうですか、前を見てただけですから,アハハ……」
わざとらしい笑いだった。前に座っている男性のほうが物珍しそうに麻保を見ていた。私がデートしてるのがそんなにおかしいのかな。家に帰ってから念入りに化粧してきたのだが、アイラインが濃すぎたかな。後で確認しなきゃ。
カウンターで注文し、飲み物だけを受け取りテーブルに戻った。上には番号札がちょこんと乗っている。
「この店、姉から聞いたんです」
「じゃ、麻保さんも来たのは初めてなんだね」
と今度は海斗が麻保の顔をまじまじと見ている。どうしたんだろう……。お化粧した私って、そんなに魅力的なんだ~~。
「そうなんです! でも、姉は食事にはうるさい人なんで、美味しいはずですよ」
といいながらどきどきしてきた。
この店の食事、美味しいといいけど。まずかったら申し訳ないな。
あっ、そうだ!
外で約束をして会うのは初めてだが、契約彼氏だから、後でお金を請求されたりするのだろうか。やっぱり私のおごりになるの?
「あの……ここで食事をするのは……」
口ごもった。
「何ですか?」
「仕事に入りますか」
「どうしてですか?」
「ああ、プライベートですから」
「もちろん、仕事ではないでしょう」
海斗は怪訝な表情で麻保を見ている。この女の子時々変なこと言うなあ。
「そ、そ、そ、そうですか……」
ああ、よかった。プライベートという言葉の響きも素敵だ。そこへ店員が皿を持ってきた。
「お待ちどう様でした! サンドウィッチは」
「私です」
「それとボロネーゼパスタです」
「はい」
目の前に皿が置かれると、よい香りが漂ってきた。ボロネーゼもおいしそう。
「パスタもおいしそう~~。良いにおいです」
とじ~っとパスタを見ていると。
「ちょっと食べてみますか」
「ええ~~っ、いいんですか! はいっ」
すると、海斗はくるくるとパスタを巻きサンドウィッチの皿の隅へ置いた。
う・れ・し・い! まるで、本物の彼氏みたい。
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