第24話 デートしているつもりの麻保

「ああ、そうそう。借りていたTシャツ、今日帰りに返そうと思ってたんです。このワンちゃんのお宅に置いてあるから、仕事が終わったら帰りにお宅に寄りますね」

「ああ、あのTシャツですか。これから一緒に行って返してください! ダメですか?」

「まあ、いいですよ」


 そろそろミッキーもじっと座っていることにも飽きてた。プードルのほうがおとなしい。


「さあ、お散歩は終わりにして、そろそろ行くわよ、ミッキー」


 と頭を撫でた。目を細めてワンと返事して進行方向を向いた。


 話が分かるね、ミッキー。プードルのほうは疲れてしまったのか、地面へ降りようとしない。


「そちらのお宅では何度もお仕事されてるんですか?」

「そんなには……」


 また麻保さん、仕事のことを聞いてるぞ。適当にはぐらかさなきゃ。


「数回ってことですか……美人な方なんですよね。魅力的な方なんでしょう?」

「そんなに訊かれても答えられませんよ。よそのお宅のことなんだから。麻保さん、自分に自信がないんですか。十分魅力ありますよ」


 やっぱり目の前にいる人を褒めておかないと。これも仕事の鉄則。


「わあ、そうですか。嬉しい!」

「自分に自信を持った方がいい。その方が友達ができます」


 自分に自信がないと思われた。まあ、いっか。でも、褒めてくれる人がいるとこんなにもうれしいものなのか。


「あの……杉山さん」

「何ですか?」

「下の名前で呼んでもいいですか? 海斗さん……と」

「そうですね、友達になったことだし。どうぞ」

「では、海斗さん!」

「はい!」


 二人で連れ立って歩くと足取りがつい軽くなる。麻保はミッキーを連れているのに、スキップした。ミッキーが麻保に引っ張られて慌てている。


「キャイ~ン」何引っ張ってんだよ、麻保ちゃん、といっているに違いない。


 今日の進展ぶりに麻保は満足げ。連絡先を聞き、下の名前を呼んでもいいことになったのだから。そして、正式な友達として認められた。


「じゃ、私のことも呼んでください。友達の印に」

「はい、麻保ちゃん」

「は~い」


 ロープを引っ張り、ミッキーがストップした。好みの電柱を見つけ、縄張りの印をつけようとしている。二人はしばし立ち止まる。


「あの……今日は……仕事は、いつ終わるんですか」


 わ~~っ、こんなこと質問していいのかな。どうしよう、照れるな。


「今日は……予定では、午前中で終了です」

「ってことは、お昼は……フリーですね!」

「まあ、そうです。予定は特に入っていません」


 いいな、これはチャンスだ。一緒に昼食を食べようって提案しようかな。


「大通りの角に……しゃれたカフェがあるんです」

「そうですか。友達になったことだし、行ってみますか?」

「……はい。大賛成です!」


 なんと、今日はランチの約束までできた。ミッキーのマーキングは終わったようで、今度は早くいこうよ、とぐいぐい引っ張っている。


「ちょっ、ちょっと、わかったわよ、ミッキー。慌てなくても行くから」

「元気ですね、ミッキーは。こっちのプードルちゃんは、もうお疲れ気味だな」

「体が小さいから、歩幅が小さいんですよ」

「お前、歩かないの? 下へ降りようよ」


 おろしてあげると、とぼとぼ歩き始めた。ク~ん、と甘えているが、やっぱりお散歩は好きなようだ。


「仲良く歩けよ、ナンシー。友達がいて楽しいだろ?」


 麻保は、自分が言われているようで感激して歩幅が大きくなる。


「大丈夫ですか、麻保さん」

「何が?」

「顔が、なんか……いつもと違う」


 急いで、顔の表情を引き締める。


「熱でもあるんですか」


 あっ、ぽ~っとしていたんだ。いけない!


「いいえ、ありませんっ! ちょっと、日射しに当たって、のぼせたかもしれません。さあ、行きましょう!」


 麻保の心はさらに弾む。家に着くまで、しばしのデートだ。

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