第20話 海斗の体に触れる麻保

「ほっそりしてるますか、それとも太っているかな。どうですか?

「どうって……」

「麻保さんにはどんなふうに見えますか」

「……ええっと」

「こんな事女性に訊いたことが無いので……自分でも体型がとっても気になります」

「……そ、そうですか……私の個人的な意見になってしまいますが……ほっそりしている方ではないかと……。それに、均整がとれているっていうか……わっ、こんなこと言っちゃって恥ずかしいけど」

「正直な意見がいいです」

「えっと……引き締まっているのでは……無駄な肉がついていないし、かといって骨ばっているというわけでもないし、ちょうどいいのでは……」

「ああ、それならよかった。自分では痩せすぎかなと気にしてたんです。胸の方も触ってみてください」

「えっ、いいんですか」


 顔が真っ赤になっている。面白いなあ。胸筋に触れているので、ぐっと力を入れてみた。すると固くなった。


「あれっ、どうしたんですかっ!」

「ちょっと力を入れてみました」

「面白い……わあ~~っ!」

「はっはっはっ、麻保さんも面白い人ですね。そんなに喜んで」

「いえっ、喜んでませんっ! 焦ったんですっ」


 よほど自分にの体に興味があるのかなあ。それとも、俺に興味があるのか。一緒に買い物に行っただけなのに、すごい楽しそうだ。まあ、自分に興味のある女の子を前にして、悪い気はしない。黙々と掃除、洗濯、雑用をこなしていくだけの仕事と思い込んでいたので、ひそかな楽しみができた。


 麻保のほうは、まったく別のことを考えていた。


 契約彼氏って、こんなふうに手を触れることができるのだと、夢心地になっていた。今度は脚に視線が行った。


「あの……そんなにほっそりして、脚にも筋肉はついてますか?」

「脚のほうはどうかな……」


 海斗はちょっと唇を尖らせて麻保を見た。よっぽど興味があるんだな。まあ、いいか。


「あんまりついてないかもしれないな……最近運動不足で……この仕事が唯一の運動ですから」

「えっ、そうですか」


 この仕事が唯一の運動って、いったいどういうこと!


 麻保はさらに焦った。


 契約彼氏をすることが運動になるの! どういうこと! 


 そんなに慌てることないのに、何を麻保さんは焦っているのだ。家事をすればかなりの運動になるだろうに。


 海斗は、反省するようにいった。


「鍛えた方がいいですね、ちょっとは。どうぞ、触ってみてください」

「……あっ、はい」


 麻保が太ももにそっと手の平を載せる。柔らかく温かい感触が海斗に伝わる。


「温かい手ですね」

「あっ、そ、そうですか」

「最近運動不足だから、自信ないけど」

「そうですよ、運動してください。がりがりにならないように」

「がりがりかあ……少しぐらいはついてるでしょう。見た目よりは」

「どうかな。ああ、本当です! 見た目じゃわかりません!」

「骨と皮ばかりじゃないですよ~~」


 麻保は手を放して後ろから海斗の姿を見た。背筋がピンと伸びていてスタイルがいい。さらに背中から脚にかけてのラインも美しい。申し分のない体型。その体に触れてしまったのだ、と思うと感動で震えそうになった。


 そんな麻保の感想など意に介せず、海斗がいった。


「ほ~ら、わかったでしょ。ちゃ~んと筋肉がついてたでしょう?」

「はい、何とか……わかりました」

「さあ~てっ、服がそろそろ乾きます」

「あっ、そうですね。女もののTシャツじゃ、外を歩くのは嫌ですよね」

「そういうわけではありませんが、着て帰るのは悪いですから。あっ、借りたTシャツは、家で洗って持ってきます」

「どうせ他のと一緒に洗うから、置いていってください!」

「そういうわけにはいきません!」

「もう、硬いことを言って……いいですよ、気にしないで!」

「やっぱり、そこは。仕事ですから、甘えるわけにはいきません!」


 ふ~ん、甘えてはくれないのね。どうしたら、甘えてくれるのかな、と麻保は顎に手を当てて考える。


 それから、麻保は海斗の前で目を瞬きしたり、小首をかしげたりしてみた。こういうポーズをとると、ぐっときて甘えてくれるのかもしれない。


「どうしたんですか、そんなに瞬きして。目にゴミが入ったんですか。僕が見ましょうか」

「い~え、大丈夫ですっ!」


 この手はダメだったみたいだ。甘えるのが下手なのかな、と思いあぐねる麻保だった。

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