第15話 麻保と二人でショッピング
チャイムが鳴ると、待ち構えていた麻保がインターホン越しに顔を出した。
「は~い、どうぞ」
「杉山です。こんにちは」
軽快な声が聞こえ、麻保の心臓は飛び跳ねる。
「お待ちしてました!」
麻保の声は上ずっている。ドアを開けた海斗が麻保の顔を見た。海斗の頭の中には、ついこの間彼女が覆いかぶさってきた映像がはっきりと蘇り、彼女の胸の柔らかな感触や、引き締まったウェストのくびれ具合が蘇ってきて、自然と微笑みが出た。
ああ、いけない。彼女はお客さん。
特別な感情を持つなんて、と自分を戒める。
「さあ、ちょっと、キッチンへどうぞ」
「はい」
海斗は道具の入った袋を手に持ち、キッチンへ入った。二人はしばし黙っていた。
「今日の仕事は?」
「あら、まずは座ってください」
「えっ、すぐに座るんですか……」
「まあ、いいから、いいから。どうぞ、どうぞ」
あれ、あれ、どういうことだろう、今日は。
未津木が猫なで声を出している。大人のムードあふれる未津木が言うと、断わりずらいし、彼女が依頼人だ。さて、座ることにしよう。
姉の落ち着きぶりを見た麻保は、自分も真似をしてみようと考えた。
「おっ、お茶でも入れますよ」
「ああ……気を遣わないで、麻保さんも座ってください」
「遠慮しなくていいですよっ」
ちょっと鼻にかかった声を出し、手を胸に置き組んでみた。海斗は胸を見てドキリとした。あの時自分にのしかかってきた胸。そこに両手を当て、すり合わせているぞ。
「ああ……どうも」
とこれも断れなくなり、勧められるままいつの間にか口をつけていた。
「美味しいですね、麻保さん。紅茶の淹れ方が上手です」と褒めている自分がいた。
雰囲気が和やかになってきたところで、未津木がいった。
「あの……今日は買い物に行ってくれませんか?」
「はい、もちろん!」
あれ、もう出かけてしまうの。話もろくにできなかったじゃない、と麻保は姉の横顔を恨めしそうに見つめる。
お姉ちゃん、気が利かないなあ~~~。
「助手ということで、麻保も連れて行ってください」
はっ、そういうことか! さすがお姉ちゃん。
すると海斗がいった。
「買い物だったら、僕一人で十分ですよ。こう見えても力はありますから」
こう見えても、って正直ね。だって結構筋肉ついてたもの、と麻保は体を想像する。体はかなり弾力があった。どきりとした。
「いいでしょう、杉山さ~んっ」と、麻保は甘える。
まあいっか、ついてきても害はないだろうし、彼女も時間を持て余してるのかもしれない。
「わかりました。一緒に行きましょう。それでは、お買い物リストをお願いします」
すると、未津木はメモ用紙に買いもしてほしい品々を書き出した。書いてはちょっと考え、また考えては書き出す。
「さあ、これを買ってきてね。場所は、ここのスーパーで」
とスマホを差し出された。安売り商品や本日の目玉商品などが掲載されたチラシが見えた。
「はい、行ってまいります。では、麻保さん行きましょう」
「わっ、行きます。それじゃ、エコバッグを持ってくるんで、ちょっとお待ちください」
うわ~~っ、二人でショッピングに出かけるんだわ。
ウキウキするなあ、と麻保はかわいらしい柄のショッピングバッグを二つ持ってきた。
外へ出ると、霧のような雨が降っていた。細かい雨粒が肌にまとわりつくような雨って本当に困る。大したことないと思って傘を差さないでいると、服や肌がじっとりと水分を含んでくる。だから、長傘をしっかりさして二人で並んで歩く。
「あいにくの雨で嫌ですね。荷物も増えちゃうし」
そうなのだ。傘の分だけ重くなるから、雨の日の買い物は効率的ではない。しかも自転車で出かけて、帰りに土砂降りに見舞われたら目も当てられない。
相合傘という言葉がふと思い浮かんだ。だけど、傘は二つあるから相合傘にする必要性がない。大したことが無いと思っていた雨だったが、次第に大粒になり、地面に水たまりを作るようになってきた。
「なんか本降りになってきちゃいましたね。急ぎましょう!」
「買い物日和じゃありませんでしたね」
「買い物は天気など待ってはくれません。必要があれば行かなければなりません」
「そうですが……」
これでは二人で部屋でお茶を飲んでいたほうがよかったが、姉の配慮で買い物に行けることになったのだから贅沢は言うまい。
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