第13話 若奥様とティータイム

 飲食を進められても、お断りするように言われているのだが、こんな強引なやり方じゃ断れない。ティーポットとカップは、すでにテーブルにセットされていた。最初からお茶を出すつもりでいたのだろう。


 白地に植物の柄の入ったティーセットは、窓から入ってくる日差しに照らされて、美しく光沢を放っている。


 向かい合わせに座ると、お互いの顔がしっかり見える。自宅にいるのに、ファンデーションをうっすら肌に乗せ、瞼にはアイラインを引いている。瞬きしたときにつけまつげをつけているのがわかった。念入りに化粧しているのがわかり、しみじみと魅入ってしまった。


 仕事中は仕事に集中しているので、顔などじっくり見ている暇はなかったのだが、こうして顔をしみじみ見ると、卵型で頬がふっくらしている。その頬は、見つめられると恥ずかしそうに少しだけピンク色に変わった。肩にかかった髪はお茶を入れる動作をするたびに揺れる。


「顔に……何かついてます?」


 いけないっ、と視線を窓の外へ向けた。


「いいえ、お茶の淹れ方が上手だなと感心していました」と誤魔化し切り抜ける。


「さあ、どうぞ。遠慮せずに飲んでくださいね」

「は……い……どうも、ご丁寧に、ありがとうございます」


 紅茶のフレーバーの入ったティーポットから豊かな香りが立ち、キッチンに漂っている。家というのは住む人の個性が出るものだ。香りにも住んでいる人の個性が出る。なんてことを漠然と感じていた。

  

 藤堂家に入ったときにほのかに漂っていた香りは、姉の未津木さんの化粧品やシャンプーの香り、庭の草花が発する植物の香り、ワンちゃんミッキーの発する野生のにおい、そして妹麻保さんの部屋で香っていた消臭剤のにおい。服に虫が付くことを嫌う彼女らしい香りだ。それらが場所ごとに違う香りを放つ。


「まだ、下の名前をうかがったことが無かったのですが。あっ、いえ、失礼なことをきいてすいません」

「あの……私、絵美里といいます」

「ああ、そういえば、日本人離れしたお顔立ちですね。お名前も素敵ですね」

「外国人みたいでしょ」


 目鼻立ちのはっきりした、エキゾチックな顔立ちをしている。


「そうなんですか?」

「子供のころは、時々そういわれたこともありますけど……名前のせいなんでしょうね、でも生粋の日本人です」

「へえ、そうなんですか」


 意外だった。薫り高くておいしいお茶を飲みながらおしゃべりしていると、体の疲れが消えていくようだ。


 絵美里が身を乗り出して訊いた。


「あの……未津木をご存じですよね」

「未津木さん? どちらの方でしたっけ?」

「藤堂さんです」

「へえ、藤堂さんとお知り合いだったんですか。先週お邪魔したばかりです」

「彼女、私の高校時代の友人なんです。それで、お宅の会社を紹介したので、さっそく依頼したんですね」

「親しいお友達だったんですね。ご紹介ありがとうございます」

「とっても感じのいい方だったからって伝えたら、それならばっていってました」


 こういわれるとうれしくなる。この仕事結構口コミが大事だ。良い評判が広まれば、仕事の依頼は増えるし、悪い評判が立つと目も当てられなくなる。こういう顔の広い奥さんは貴重だ。


「未津木のご両親、いつも仕事で忙しいでしょ。だから、五歳年下の妹の面倒も彼女の仕事みたいなもんで、家事なんかも留守中はいろいろやってるらしいんですよ」

「専門の家政婦さんはいらっしゃらないんですね」

「しょっちゅう来られても、彼女たちにも自分の都合があるから、不定期でもその都度連絡をして来ていただける方がいたらいいわね、って」

「僕も週末を中心に仕事しているので、都合が合えばいくらでも仕事に伺いたいです」

「まあ、そうですか。でも、うちのことも忘れないで来てくださいね。初めに頼んだのはうちなんだから」


 少し首をかしげて、甘えるような言い方をした。


「もちろんです。こちらへもお伺いします!」


「これからもよろしくねっ」


 と言いながら、すっとほっそりした形の良い指が僕の手に伸びた。そんなことされたら困る、と僕は手を引っ込めようとしたのだが、彼女の手のほうが一歩早く僕の手を掴んだ。


「あっ……」


 っという間に手が握られてしまった。掴まれてしまい、強引に振り切るわけにいかず、手がテーブルの上に固定された。


 一瞬固まってしまった僕の気配を察知したのか、絵美里さんはほっそりした指を元の位置に戻した。目はティーカップのほうへ移動してごまかしている。


「あら、つい手に触れてしまってだけです。気にしないでください!」

 

 なんて言い訳をしているのだが、つい触れることなんかない。しっかり意思を持っていた。


「本当に気になさらないで、弾みですから」

「そうですよね」 


 僕もティーカップに視線を向け、紅茶を飲みほした。


 未津木さんの友人絵美里さんは、それを見てふ~っと厚い吐息を漏らした。意味ありげに……。

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