第8話 仕事は麻保の部屋で
土曜日が来て、海斗は約束の時刻である午前十時に藤堂家のチャイムを鳴らした。こんな重厚な家に用があって入るとは、ちょっと得意な気持ちになる。
ピンポーンと軽快な音が玄関にこだましている。早すぎてもいけないし、遅刻は厳禁と言われている。五分前行動だ。
「ハウスキーピング・ノムラから参りました。杉山です」
「は~い、少々お待ちください」
ドアが開いた瞬間いい香りがした。姉未津木さんが笑顔で挨拶する。声もさわやかで気持ちがいい。今日も楽しく仕事ができそうだ。さて、今日の仕事内容は。大まかに知らされているが、細かいことは、その時の状況次第だ。
いつぞやはおばあさんに買い物を頼まれたこともある。シルバー人材センターでも頼めるのだが、仕事内容が限られているとのこと、ついでに調理の下ごしらえなどもやってくださいと言われ、そういうことなら、とやることになり、おいしい煮物が食べられてよかったと大喜びされた。まあ、便利屋みたいなこともやる。ついでに、伸びすぎた植木の選定までやることになったのだが、自己流でもなんとかなった。
かつての仕事を思い出し苦笑いしていると、二階に上がるよう未津木に手招きされた。
あれ、今日も又ご両親は出てこないようだが、母親はどうしているのだろう。だが、家族内の立ち入ったことについて質問をしてはならないといわれているので、質問は控えた。
「さあ、さあ、こちらです」
と促されて、階段を昇る。
明るい木目の階段はよく磨かれていて滑らかだ。うっかり足を滑らせないようにしなきゃ。
「綺麗な階段ですね」
「木目がきれいでしょう」
「はい、とってもきれいだしよく磨かれていますね」
足に冷たい木の感触が伝わる。
「こちらの部屋です」
と案内された部屋へ入った。あれ、麻保さんがいる。
ここは麻保さんの部屋か!
色調が柔らかくて、見るからに女の子の部屋だ。
「こんにちは。杉山です」
「あっ、こんにちは」
「今日は、この部屋ですか」
「ええ、そうなんです」
家事代行業だから、若い女性の部屋で仕事ということもあるのだろう。緊張は隠せない。
「妹が指示しますので、聞いてあげてください」
「はい、わかりました」
姉はさっさと出て行ってしまった。前回は姉の指示に従って仕事を行ったのだが、今度は高校生の麻保さんの指示か。高校生だからといって、軽視してはいけない。顧客なのだから。
「では、何なりと指示してください」
「ああ、そうでした。まあ慌てないで……どうぞ」
「ああ……どうも」
麻保は恥ずかしそうに、椅子から立ち上がった。自分の個室に他人と二人きりになるのは気まずいのかな。これはビジネス、とあえてすまし顔を作ってみる。
「あのう、部屋の模様替えをしたいのですが……」
「模様替えというと……具体的にどこをどう変えたいのですか?」
「そうでした。それがわからなければ、やりようがないですね」
「具体的にどこをどう変えたいのですか?」
この一言でとてつもなく焦り、顔つきが険しくなった。具体的なことは何も考えていなかったのだ。麻保は、急に落ち着かなくなった。
「慌てないで……」
今度はこっちがいった。
この娘大丈夫かな、肩で息をしている。
「えっとお……どうしようかなあ……」
「ああ、考え中なんですね。焦らせてすいません」
「そうですっ! 考え中……なんですっ!」
じゃ、ゆっくり考えてもらおう。と椅子に座り、考える時間を与える。麻保は部屋の中をうろつき始めた。ま~だ考え中だ。ここは慌てずじっくり考えてもらおう。
待つこと、一分、二分、三分。長い。
四分、五分、六分、時計の針が進んでいく。
「あの……今決めなくてもいいと思うんです」
「ああ……すぐに思い浮かばなかった……自分で言い出しておきながら」
麻保は情けなさそうに、首をうなだれた。
そうがっかりするほどのことではない。部屋の模様替えなんて、いつでもできるんだ。
「ああ、情けない」
「模様替えの前にしなければならないことがありそうです」
「えっ……」
そうだった、姉の未津木に言われて、部屋を散らかしっぱなしにしておいたのだ。今度は顔が青ざめた。
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