第7話 女友達とカフェでお茶をする海斗
カフェについた時にはまだ沙奈は来ていなかった。ちょっと早かったかな、時計を見ると十分前だった。
席を取りコーヒーをカウンターで注文しテーブルに座り待つ。一口二口すすりながらメールをチェックして、再び顔を上げると入り口に沙奈の姿が見えた。
手を振って合図すると、ゆるっとしたスカートにこれまたゆるっとしたTシャツを着た沙奈が微笑んだ。最近は、ああいうゆるゆるのファッションが流行ってるのかな、なんて思っていると、コーヒーを手にした彼女がテーブルの反対側に座った。
「お待たせっ。待った?」
「いいや、さっき来たばかり。メール見てたから気にならなかった」
「ねえ、バイトはどんな感じなの?」
「興味ありそうだね。俺を呼び出したりして、そんなに聞きたい、ってかお前もやってみたいのかよ?」
「私はいいわ。今のバイトで満足してるもん。文具店のバイトって私に向いてるし、これ以上仕事量は増やせないもの。で、どうなの、家政婦をやるって」
「家事代行と言ってほしいな。れっきとした職業なんだぞ」
「あ、そうだ、海斗は男だから呼び方がちがってた、ごめん」
高校を卒業してからはしっかり化粧するようになった沙奈は、瞬きをするとくっきりとアイラインが見えた。もうちょっとうまくやれよ、しっかり筋がついて、うまくいかなかった塗り絵みたいだ。
「いくら知りたくても、プライバシーにかかわることは他言無用なんだ」
「そっか、そこはきちんとしてるね。どんな人が頼むのかな、と思って興味があったんだけど、それは言えないよね」
沙奈は口をとがらせて怒ったふりをしている。本気で怒ったときは、目がもっと鋭くなる。
個人が特定されない表現ならどこのだれかはわからないだろう。
「当たり障りのないことしか話せないよ。顧客はさまざま。専業主婦もいれば、一人でてんてこ舞いしているシングルファーザーもいるし」
「みんな、いろいろ大変だよね。でも、頼める人は恵まれてるんだよね」
「まあね、お金がかかるからね」
沙奈は身を乗り出して聞いている。コーヒーを持つ手が止まっている。かなり興味があったんだな。
「最近始めたところでは娘二人がいる家もあった」
「へえ、美人?」
「顔は……あまり気にしてなかったからわからないな」
「へえ、本当?」
「普通かな」
「ふ~ん」
結構美人な姉妹だった。それは言わないことにした。
「そのバイトって、今後に役立ちそうなの?」
「それは続けてみないとわからないな。ただ、少なくとも接客の仕方とか、家事の仕方は上達しそうだ。家事代行といっても、かなり仕事の幅は広いんだ」
「へえ、そうなの」
「ところで、そっちが働いてる文具店はどう?」
「ずっと立ちっぱなしだし、腕は疲れるし、接客業といっても直接いろんな話をするわけじゃないけど、それほど忙しくないのがいいところ。いろいろな文房具があって目が喜ぶわ」
「へえ、そっか」
こちらのほうが将来役に立ちそうだな。ちょっとだけ自分のほうが得をしている気分だ。今のところ問題なくやっていけているし、仕事はそれなりに楽しい。人とコミュニケーションをとるのは自分に向いているな、と思い始めていたところだ。
コーヒーの香りに癒されて、いい休憩になった。
おっと、今度はバイトを紹介してくれた大学の友人相馬からメールが来ている。
「どうだった、新しい家は? 仕事は?」
姉妹の家のことだ。
「感じのいい人たちだった。仕事はうまくいった」
と返事をした。すると、すぐに返信が来た。
「そうか、よろしく頼むな。あのお姉さん、ちょっと口うるさいかもしれないから、気になってたんだけどうまくいきそうならよかった」
へえ、そうだったのか。気をつけなきゃと気持ちを引き締めた。
一度きりで、二度と仕事が来ない家もあるという。仕事ぶりが気に入られなかったり、必要ないと判断されたらそうなるだろうから、そこは割り切って考えていた。どのくらいの頻度で仕事が入るかも相手次第のこの仕事、あまりあてにしないで構えていたところ、来週も予約が入っているとメールが来た。
どうやら姉妹には気に入ってもらえたようだが、仕事の予約を母親ではなく姉が入れているという。不思議な気がするが、母親に変わって姉がしているのかもしれないからまあ気にしないことにしよう。
メールをチェックしているのが気になり沙奈が訊いた。
「仕事のメールが来てるの?」
「そうなんだ。次の仕事の連絡、メールで来るんで、こまめにチェックしないと」
「次の仕事も入ってるんだ?」
「そう、来週末も入ってる」
「頑張ってね。それから、またお茶しようね」
沙奈はえくぼをみせ、微笑んだ。
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