第6話 思い出し笑いをする麻保

 出て行った後でも、ポトフを口に含み一人にやけた。にやけるのが癖になってしまいそうだ。


 おお、まずい、まずい。


「麻保、楽しかったみたいね?」

「どうしてそう思うの?」


 だって、こんなににやけた妹見たことが無い。


「だって、顔がにやけてるよ。自分の気持ちを相手に悟られないようにするのが、長続きさせる秘訣なんだから気を付けてね、その顔。だけど、少し話ができるようになったみたいで、よかったわ」


 姉としては、やっと男性と話ができるようになり少しは役に立ったと思いたい。


「もう……私のことを化石みたいに言わないでよお」

「はいはい、でもさ、麻保って珍獣みたいで、かわいいよ」

「うわ~ん、また言われた。どこが珍獣なのかなあ」

「表情とか、話し方とか、いろいろ全部」

「ふんっ、私としてはすごい進歩でしょ。話ができただけでも」

「はあ、そうね、ひとまず第一歩を踏み出したってところかな」


 麻保は冷やかし半分の姉の視線を後に、部屋へ戻った。


 部屋の中にはベッドや机が置かれ窓際には白地に花柄のカーテンがかかっている。ベッドカバーはキルティングの模様だ。なんともかわいらしい趣味だ、と姉にからかわれているが、自分ではいたく気に入っているし、最も落ち着ける空間だ。


「はああ……疲れたあ……長い一日だった」


 と時計を見てもまだ昼を少し回ったところで、まだまだその日は終わらない。


 この楽しい思いをこれからも続けたい、と麻保は午後になって姉にお願いした。


「ねえ、ねえ、未津木ちゃ~ん」

「なあに、猫なで声を出して。あっ、わかった。杉山さんのこと気に入ったのよね、それでまた来てほしいんだ」

「図星です」

「いいわ、来週も頼んでおくから。だけど、何の仕事をしてもらおうかな」

「また料理してもらう?」


 未津木は、あごに手を当て考えた。


「そうだわっ! 次回は麻保の部屋へ入ってもらうわ!」

「ええ~~~っ、そんなあ! 恥ずかしいじゃない」

「掃除、いえっ、模様替えをしてもらうってことでいいじゃない。口実があるんだから」

「ああ……そうだった。その手があるのね。いろいろ変えなきゃいけないところがあった」

「それじゃ、掃除をしに来るんだから、散らかしといてね」

「うん、思いっきり散らかしとく。わあ、部屋に来てくれるんだあ、わくわくするなあ!」

「あっと、まだ来週来ると決まったわけじゃないからね。向こうにも都合があるんだから、大学生だし、ほかのバイトが入る前に、善は急げだわ!」

「未津木ちゃん、ありがとう!」


 と無邪気に喜ぶ麻保だった。



 

 一方、藤堂家を後にしてメールをチェックした海斗は、女友人の沙奈からメッセージが入っていることに気が付いた。なんだ、最近よくメールが来るけど、暇なのか。


「バイトはどうお。うまくいってる?」


 それが聞きたかったのか。メールの文字の後にはウィンクした顔文字がくっついていて、すぐに返信した。


「まあ、まあだったよ。可もなく不可もなくってところかな。今日は新しいバイト先へ行ったけど、そっちも順調だった」


 とあたりさわりのない返信をしたが、嘘ではない。気になる姉妹がいただの、大きい屋敷だったの、インパクトはかなり大きかったが、それを言ったら突っ込まれるに決まっている。


 沙奈は、高校時代からの気心の知れた女子の友人だ。決して彼女ではない。あくまで友人として、一定の距離を置いて関わることのできる、結構込み入った話もできる数少ない異性とでもいうところだ。そういう友人は女性側の意見を聞きたいときに貴重な存在になる。でも、都合よく利用しているわけでもない。沙奈の悩み事を解決してあげたこともある。ちゃ~んと、ギブアンドテイクの良い関係を保っている。


 まあ、どこかで会ってしまったら、バイトのことは根掘り葉掘り聞かれそうだけど。


「今度お茶しない? 色々話したいこともあるし」


 やっぱりそう来たか! 一か月前に始めたバイトのことに興味津々だ。


 まあ、たまには会って話すのもいいかな。明日の日曜日は別の家で仕事があったので、終わってからの時刻をチェックした。夕方からなら一時間ぐらいお茶してもよさそうだ。


「いいよ。明日の五時ごろからはどう?」


 日曜日だが、沙奈は空いてるだろうか。もしかして、彼氏とデートか。だが、彼氏ができたという話も今のところ聞いていない。


「何とか大丈夫そう、それじゃ、いつものカフェで」

「了解」


 簡単な返信だが、これで話は通じる。いつものカフェは、駅近のチェーン店のコーヒーショップのことだ。席が空いているかどうかが問題だが、空席がなければ店の前で立っていればいい。これもいつものことだ。

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