第4話 舞い上がる麻保
「食事の準備を始めますね」
「ああ、どうもすいません」
仕事しに来たんだから、やるべきことはてきぱきとやろう。ここにいると気が散るだろうからそろそろ自室へ戻るかな。
だが、麻保は動かない。
まだここにいるつもりのようだ。
「さて、と……」
俺はレシピを調べながら、あらかじめ準備されていた材料を冷蔵庫から取り出す。今日のメニューはポトフ。野菜や肉をコトコト煮込む料理だ。難易度はそれほど高くはないと自分なりには考えていたが、味付け次第で素っ気ない料理になってしまう。丁寧に味を調えなければ。
よ~し、頑張るぞ!
「なんか僕のことが気になりますか?」
「いえ、別に……」
やっぱり気のせいではなく常にこちらをチラ見して、目が合うとパッとあらぬ方向を向く。
彼女に背中を向け、野菜の下ごしらえに集中する。だが、なんとなく視線を感じる。冷蔵庫を開けるふりをして、ちらっと後ろを向くと、やはり!
こちらを見ている。
あわてて、違う方向を向いた。
仕事をするのを、じろじろ見ているなんて変な感じだ。常に監視されているような気分だが、致し方ない。
調理に取り掛かる。鍋に火をつけてからは、集中していたせいか彼女のことはしばし忘れていた。あとは、具材をコトコト煮込むだけだ。
振り向くと……又しても彼女と目が合った!
「あとは、煮込むだけです」
「そうですか……」
座って休むことは禁じられているので、弱火にして立って待とう。
「気になるので……座ってください」
「ああっ、ああ……そっ、そうですか……じゃ、座ります」
家の人が座れと命じたので座るほうがいいだろう。立って監視されているような気分だったのだろう。
「それじゃ、失礼して」と、大きな長方形のテーブルに対面に三つずつ椅子が並んでいるが、一番隅に腰かける。麻保も向かい合った側の一番端に腰かけているので、対角線上になる。
沈黙は気まずい。ここは、何か話をしたほうがいいだろう。
麻保の手元にはスマホや本の類はないので、手持無沙汰かもしれない。まずは当り障りのない話から始めよう。
「今日は、天気が良くて気持ちがいいですね」
「そうですか……」
「はい、外へ出るととっても気持ちがいいですよ。カーテンを開けましょう」
シャーっといい音がして、カーテンを全開にしてみた。
明るい日差しが差し込み、気分も明るくなる。風が吹くとその日差しがゆらゆら揺れる。木漏れ日というやつだ。なんという贅沢。
「窓から外を見ると、そのようですね」
「綺麗な庭ですね。よく手入れされていて、素晴らしい」
「だけど、植物が多いので、結構虫がいるんですよ」と困った顔をした。
「虫、嫌いですか?」
「個人的には……虫も本当は自然界では役に立つし、必要なものでしょうけど、夜中に蛾が飛んでいたり、床に訳の分からない小さい黒い点がついて、動き回ってるのを見るのは、気持ちのいいもんじゃないし……」
「ああ、そういうときの虫は嫌ですよね。部屋に入ってきたら僕が採るからご安心ください! それから草取りなどもやりますから、よろしく!」
と次の仕事をさりげなくアピールする。こういうのは続けることが肝心だ。
一方麻保の頭の中は……わあ~~、素敵なセリフだわ。しかも目が涼しげなんだもの。
麻保は一人ごちる。まるで貴族の館の若い執事のような素敵なお言葉。もっと言ってほしいなあ。どうすれば、聞けるんだろう。
今度は、麻保が発言するが、その時のポーズまでがおかしい。首をかしげ指先を調理台のほうへ向ける。
「ポトフは煮えてるかしら?」
「ああ、すっかり休憩してしまいました。タイマーをセットしているので時間については計っていますので、ご安心ください」
「そうでしたね」
「だけど、念のため調べてみましょう」
立ち上がり、鍋の蓋を取り人参に串を指してみた。言われた手前確認してみたが、やはりまだ早い。
あと少し、タイマーが時間を告げるのを待とう。
「あと少しですね。いい香りがしてきましたよ~~。お腹空きましたか?」
「はい、ああ、いいえ。それほどでも……」
どちらなんだ! はっきりしないな。
「もうすぐ十一時ですからね。だんだんお腹もすいてきますよ」
「まあ……そうですね。いい香りがしてきましたので……」
麻保は至近距離から海斗の様子をうかがった。真剣にポトフを見つめる後ろ姿が凛々しい。しかも、エプロン姿が何と様になっていることか。
ここにいる間は、海斗様は私の王子様、私の言うなりなのね。と勝手に解釈して、顔だけで不気味に笑う麻保だった。
知らぬは海斗だけ……。
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