第3話 海斗の仕事を監視する麻保

「あの……えっと……」

「はい、何でしょうか?」


 掃除の仕方に注文がある場合は、しっかり耳を傾けなければならない、と指導された。アルバイトとはいえ、家事をするからにはきっちりやらなければ、と研修はしっかり受けてきた。


 意外とこの妹、家事にうるさいのかもしれない。気をつけなきゃな。


「え~っと……」

「はい、何か御用ですか? 遠慮なく、何でもいってくださいね」

「あっ、別に用があるわけではないけど……」

「そうですか。じゃあ、続けさせていただきます」

「はい、あのう、私は……」

「僕のことは気にしないで、座っていてください。未津木さんの妹さんでしょう?」

「はい」

「おしゃべりしたくなったら、気軽に話しかけてください」


 すると、表情が和らいだような、気がした。


 必要なこと以外は言葉を発しないようだが、まあいい。リビングの床を掃除する。フローリングの床は気持ちよいほど滑らかに掃除機が滑る。しばし、唸り声をあげる掃除機を転がしながらぐるぐる部屋の中を回って歩いた。


 音がするせいか、麻保はもう話しかけなくなった。遠慮してるんだろう。


 一通り終えてから床にモップをかけながら、ちらりと様子をうかがうと……まだ何もしていない。どうしてここに座っているのだろう。スマホをいじるでもなく、ゲームをするでもなく、はたまた本を読むでもなくただ座っている。


 あっ、また目が合った。よく目があうぞ。掃除している間もこちらの仕事ぶりを見ているのだ!


「すみませんね、もう少しで掃除は終わりますから」

「私のことは気にしないでいいですよ」

「はい、気にしないでやってます。掃除は、このくらいでいいですか。一応点検しますか?」

「いいです、それで」


 ふ~ん、監督してるわけでもないようだが、気になるなあ。


 家の人がいても、気にしてない素振りで仕事をするのがこの仕事の極意だ。その点も、指導されてきた。

 

 おーし、床がピカピカになったから掃除はこれで終わりだ。


「掃除は終了です!」

「そのようですね」

「ばっちりです」


 笑顔で麻保の顔を見ると、どぎまぎして答えた。話しかけるのも悪いのかな。


「あまり話しかけないほうがいいですか?」

「いえっ、いえっ!」


 話しかけられるのは嫌じゃないんだ……ふ~ん。


 さて、と。昼食の準備に取り掛かろう。否が応でもキッチンに行かなければならないので、麻保のすぐそばにいることになったが、まだここにいるつもりのようなので声をかけた。


「昼食の準備をします」

「あ、はい。本当に、私のことは気にしないでいいですよ」

「もちろんです。ちらこそ、僕のことは気にしないでください」

「あのう……質問してもいいですか?」

「何なりとどうぞ」

「あのう、杉山さんでしたっけ?」

「はい、杉山海斗です。杉の山と書いて杉山。海斗のかいは、うみです」

「歳は?」

「十九歳、大学生です僕。お嬢さんは?」


 お嬢さんと言われて初めて笑った。意外と幼いな。


「私は高校生、十七歳です」

「それじゃ、二歳違いですね。年も近いから話が合うといいけど。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしく」


 こちらこそなんて、変な挨拶だな。だって、こちらは雇われの身。ああ、そうそう、それも言ってはいけなかったんだ。気をつけなきゃ。


 よろしくお願いします、って言ったわよね、今。私のこと以外と好みのタイプなのよ、きっとそう! 


 麻保は心の中でガッツポーズをした。


 頭上では天使が舞っていた。星も瞬いていた。


 だって、こんなに素敵な男性と、会話できたんだもの! 


 今日この瞬間はキラキラ輝いて、明日からの日々もバラで彩られたようになりそう。


 ふお~~~、人生最高の日だわっ!


 っという麻保の心の中などつゆ知らず、黙々と仕事に励む海斗だった。

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