第6話 美里買い物に行く
「さあて、身一つで来ちゃったものね。少しは着るものをそろえないと、ハヤトさんのだぶだぶのジャージばかりも着ていられない」
ショッピングセンターの中の安価な衣類を販売するショップを見つけ入っていく。形や色が様々な衣類が綺麗に吊るされ、棚にはサイズ別に折りたたまれている。その中から着心地のよさそうなルームウェアや下着類を選び、自分でバーコードにかざし支払いを済ませてバッグに詰めた。最近はバイトもしていないので銀行の残高は減る一方だ。
「これで何とかしのげそう。だけどお金がないからついてきたと思われてるから、なんと説明をしようかな」
買ったのは水色のトレーナーに白のジャージのパンツ、気持ちが明るくなるように明るい色を選んだ。クレジットカードを持っていることは内緒にしなきゃ。
それから食品売り場へ移動し、野菜を買い込んだ。できるだけ安いのを選び先ほど買った服が入っている袋に放り込む。服も食料品も一緒くただがまあいい。
大した量ではないのですぐに買い物は終わった。周囲を見回すとよい香りが漂ってくる。フードコートの中からだ。
ラーメンや回転ずし、そばやうどん、たこ焼きなどのにおいが混ざり合った複雑な匂い。だが、食欲をそそる。昼食まではあと少し時間があるが、空いているうちに食べよう、と食べ物につられる犬のように、中へ入っていった。
美里はたこ焼きの香ばしいソースの香りに引き付けられた。酸味が食欲をそそる。ソースと青のりって、ナイスコンビネーションよね、とたこ焼きのブースの前で立ち止まった。たこ八という店の名前が入った帽子をかぶり、器用に回転させている若い男性の手先をじっと見つめる。まるで職人技。たこ焼きを作ってみんな器用なんだから、と感心しているとレジの女性に声をかけられた。
「いらっしゃいませ」
しり上がりの明るい声で出迎えられ、
「あ、タコ焼きください」
と反射的に一人前八個入りを注文した。八個入りだからたこ八、と変なところで納得して料金を払った。すると、いらっしゃいませと元気な声がブースの中から聞こえ、先ほどからたこ焼きをくるくるとまわしていた青年が顔を上げた。その途端素っ頓狂な声を出した。
「あれ、あれ、美里」
「わああ~~っ、ここでバイトしてたの!」
顔を上げてこちらをまじまじと美里を見ている青年は、中学校時代の同級生タカトシだった。くるりとすべてのたこ焼きを反転させると、手を休めて美里に向き合った。
「よお、久しぶりっていうか、何年ぶりかな」
「それほどでもないよ、去年あったような気がするけど」
「いやあ、二年はあってないんじゃね。ボーっとしているうちに記憶が狂ってるじゃないのか」
「こんなところで会うとは思わなかった」
「俺も、美里ずっと音信不通だったから、会えたのは超意外だな」
「あのさ、私とここで会ったことは、他の人たちには黙っててよね。また買いに来るからさ、お願い」
「オッケー、お得意さんになってくれるんじゃいいや」
鷹利は中学校時代のクラスメイト、よく学校帰りにはつるんで寄り道をしていた。寄り道といっても、ゲームセンターへ行ったり、公園で長話をしたりするような他愛のないものだったが、それでも当時は大人の目の届かないところで男子と一緒にいるのはスリルがあった。可愛い時代だったと思う。
「ところで美里、今何してるの?」
「何って、買い物よ」
と答えにならない答えをする。あまり言いたくないのを察してほしいが、そんなことが彼にできるだろうか。
「そりゃそうだけど、仕事とかいろいろ」
やっぱり知りたがってる。
「仕事はさ、目下求職中ってところ」
「無職ってことか、優雅だな。ひょっとして、結婚したりしたの、まさかな~~、それはないよな」
「わかってるなら聞かないで。彼氏なんかいないわよ。休んでるんじゃなくて、仕事を求むの方よ」
「へえ、それじゃここのバイトをすればいいよ」
「ちょっと待って、バイト探しに来たんじゃないんだから」
「何だ、話が違うじゃない」
「まあ、いいじゃん。深く追求しなくても。あっ、ほら、ほら、またひっくり返さないとたこ焼きが焦げちゃうよ~~。じゃ、また買いに来るからさ」、
「おお、絶対買いに来いよ!」
ああ、こんなところで鷹利に会うとは思わなかった。会う必要のない人には会えるもんなのかな、と思いショッピングセンターを後にした。
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