第42話 亡き会長の想い
階段を下りて横に並ぶと
「いつもタクシーを利用する君が今日は随分と歩くんだねぇ」
希未子は益々苛立つように早足になった。
「いったい何なのあの我が家の男たちは家を出てそのまま会社に行くからあの庭はまだじっくりと見てないのがあたしには残念なのよ解る? 誰もあなたの功績を観ようとしないのよ」
希未子は返事を待たずに喋り続ける。
「仕事が忙しくてそんなのにかまけていられないと云いたいんでしょうでも改装された本社はあれから仕事がはかどってるのよね誰のお陰だと思ってるのかしら」
どうやら彼女は気丈に振る舞う姿を今まで認めてきたのは祖父で、その存在がなくなると希未子さんの立場は危ういらしい。こうなれば片瀬に頼るしか無いかとまるで
あの家では祖父の存在が大きく、その恩恵を受ける彼女は、出会った頃はもっと溌溂としていたが、今は何か物思いに耽るようだ。
「鹿能さん、あなたは祖父には一度も会っていないと云うよりあなたと最初に出会った日に祖父は倒れてその夜遅くに亡くなったんですから当然でしょうね」
祖父は一代で今の会社を興して、父に二代目を託してからあたしを気に掛ける様になった。そこであたしは祖父が今まで出来なかったことをやり出して判ったのは、祖父はあなたのような可能性を秘めた人に成りたかったようね。
「でもおじいさんが捜し出したのは片瀬さんでしょう」
「そうだけれど、でも祖父が本当に遣りたかったのはあなたのような仕事です」
片瀬は会社の仕事を託せるだけの人で、あなたは祖父が子供の頃に中断した形ある物を補うので無く、形ないものを創り出している。あなたが今、遣っていることを祖父はやっとあの歳で会社を父に任してやり始めた。本当はもっと早く見切りを付けて子供の頃に抱いた夢を始めたかった。抱えた社員とその大勢の家族を路頭に迷わせる訳にはいかないと、息子の尻をもっと早く叩くべきだった。そこで目に付いた片瀬をどうしても婿養子にして後継者にと思ったが、これだけはあたしにしてやられたから、健司にはしっかり支えてくれる相手を見付けたのよね。
「じゃあ会長は不本意ながら今まで我慢されたんですか」
「そう、不甲斐ない後継者の為にそれで片瀬さんをじっくりと育てたいようだった」
祖父は父の総一郎を厳しく後継者に育てたが、孫達は自由にさせた。でも片瀬さんを見付けた時はしまったと祖父は思ったそうだ。
「会長は志半ばで亡くなられて残念でしょうね」
「どうでしょう。あなたのような人を見付けられたのは祖父の執念がきっとあたしに取り憑いたのかも知れないわよ。だってあなたと巡り会えたその日に逝ってしまったのは今になれば何か因縁めいたものがあったのでしょう。祖父がやっと社長を辞した時は、あのどら息子の
「でも総一郎さんを育てのは会長でしょう」
「あたしや健司を観て干渉しすぎたと後悔してましたよ」
ーー子供時代の祖父は、ドン底の生活をしていてもくじけなかったのは音楽が有ったからだ。親父は飲んだくれで金を一銭も家に入れないからしょっちゅう夫婦喧嘩してとうとう母が愛想尽かして出て行った。中学生から祖父はバイトの掛け持ちをして夜間高校を出て商いを始めて今日の財をなしたが、母が離婚した中学時代が一番苦しく、思い詰めた時に楽器店から流れ出す曲に奮い立ったそうです。
「どんな曲です」
「後で知ったのですがチャイコフスキーの悲壮だったその時にクラッシックを知らない祖父は音楽の素晴らしさを知ったがドン底生活の家庭を顧みるとのめり込めずもっぱら聴く方に回りいつか余裕が出来ればのめり込めたいと今は仕事に目一杯打ち込んだ」
「音楽が今の仕事へ奮い立たせたんですか」
「それこそ脇目も振らずそれでやっと救われた音楽で自分の人生を花開かせようと本当の荒野に向かう途中で亡くなったの」
「それじゃあ後継者問題なんて考えてなかったんですね」
祖父は本当はやりたいからやったんじゃ無い、助けたいからやったんだ。
「父は祖父の苦労の断片を少しは
「だから会長は片瀬さんのように苦労している人に関心が行くんですね」
「それで突き放せなくて困っていた」
「そこへ私がひょっこり現れたんですか」
「そう多分あなたはおじいちゃん以外の人からは誰も理解されず
「会わせる前にその祖父が亡くなられて逆に奮い立ったって訳ですか」
「出会ってそう日にちも経たないのにそんな都合良く解釈してあなたは楽天的な人ですね」
「でも千鶴さんが僕を買ってくれてあの家では人々の風向きが変わったから今度は純粋に希未子さんが迷ったそれであの枝の剪定で試したんですか」
「あれは祖父が思ったとおりに仕上げて貰ってあの世で満足しているでしょう」
それより希未子は結果で無く過程をどこまで真剣に、自分を見詰めて闘っているか見たかったようだ。
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