第36話 健司の妹への思い
片瀬の依頼を受けた立花園芸店では、五条通の本社へ次々と観葉植物と花壇を運び込んだ。それを様々に工夫して本社ビルのオフィスフロアーを明るい職場に改装する。改装を終えた社内を見て社長と息子の健司は片瀬を高評価し、そこで「どうだ此処で暫くは室長をやってみんか」と言われたが、片瀬は海外勤務を希望した。だが今の処は海外に空きポストがなかった。それでしばらくは此の改装した本社ビルを任された。
立花園芸店は本社ビルを改装すればそれで終わりなく、当然観葉植物の手入れに本社ビルへ定期的に訪問するようになる。
そこで鹿能が手入れに来ると、一緒に昼食をして以来、片瀬とは雑談に応じて帰っている。健司さんとも顔を合わす機会が増えると、話題の大半は千鶴さんや
希未子さんにすれば、鹿能の方が理想に近いと思っただけで、人は元々切磋琢磨して自分の人生を切り拓くのに変わりは無い。ただそれが自分の本当に望んだものか、内面から欲していたものなのか、それとも周囲から望まれて、好きでは無いがこれしか無いと妥協した産物なのかの違いだろう。
律儀な片瀬は周囲に上手く取り込み、
片瀬と人生を生きる目的の違いは、求める対象物が人か作品の違いだ。片瀬はどう相手を説得するか、鹿能はそうでなくどう謂う形にするかだ。何もないものをあるいは素朴な素材を見た目よく人の心を引きつけるようにする。そこに希未子は鹿能に夢を感じても、片瀬の事業が偉大でも、先が知れたものにはロマンを感じない。此の違いを考えれば片瀬の忠告は当てはまらない。勿論に切磋琢磨を怠れば悲惨な結果になるが、常にそれに立ち向かう向上心さえ失わなければ、たとえ結果が出ない日々がどれだけ続こうと、彼女との破滅は起こり得ない。本社ビルで片瀬と雑談を重ねる内に鹿能はそう解釈して確信を持った。
更に鹿能は観葉植物の手入れをしていると、通りかかった健司さんにも声を掛けられる。
「まあ、内の片瀬から相談されたときは突拍子もないことを言いよると思ったがこうして出来てみると今までのオフィスフロアーが憩いの場に変身してみんなの働く意欲が倍増して
「それはありがたいですが私一人でなくみんなで創意工夫したもんですから」
そう謙遜せずにと健司はフロアー片隅の入り口横に、来客用に設置された応接セットへ案内した。
新たに出來た簡易の応接室は、一方の壁側でない方に、大きめの鉢植えで胸までの高さに揃えられた観葉植物が一定の間隔で置かれる。その間には腰辺りまでの花壇に低い丈の小さい観葉植物が矢張り等間隔に植えられていた。通りがてらに真横からでなく少し角度を変えて見ると、もう中の人物が特定しにくいように此の応接室はなっている。だが遠くからでもちょっと背伸びすれば誰かが居るのは判るらしく、事務の女の子がお茶を出してくれた。それが花屋さんだと判ると、なーんだ、とちょっと損をしたような顔付きで彼女は引き下がった。
「今の子の顔を見ましたか。パティーションで囲めば味気ないし、通路で空けただけでは殺風景だけどこうして観葉植物で区分けすると見た目も良いし、今みたいに誰が来ているか見分けにくくて多少のプライバシーも守れるから社内の評判は上々ですよ」
どうも鹿能の植物関係を扱う感覚は、千鶴が言うように素晴らしいと気に入り、流石に妹が眼を付けただけはあると兄は納得している。
「内の片瀬から最近はあなたのことをよく口にしだしてね」
「そうですか、この仕事のプランを最初に頂いた時も片瀬さんからは希未子さんについてはじっくりと話は聞かして貰ったんですが他に何か伺っているんですか」
「勿論、今言われたとおり仕事の話で無く妹の事ですが。いや別にこれはあなたの気に障ることではないんですが……」
ただ云いたいのは、おそらく鹿能さんは、こうしょうと思って今の自分を作ったのじゃなくて、日々何がしたいか解らないままやって来た。その結果の姿がここにあると私は、片瀬や千鶴の話から推測した。でも元来、鹿能さんは何もしないで、のほほーんと暮らしていたいのじゃないかと思われる要素が、あっちこっちの普段の姿から見られる。勿論それは妹も見ているでしょう。問題はこの先そのどちらが鹿能さんの姿なのか。そのうちに見極められないようにしないと、あなたは妹に見捨てられると思う。
「似た話は片瀬さんからも伺いました」
「だから鹿能さんは意識しないで平常心で居れば大丈夫ですから却って変に自分を創ろうとすれば墓穴を掘りますよ、これは希未子の兄としてひと言述べて置きたかったんですよ」
どうも健司さんは、もう片瀬のような男を作りたくはないようなのだ。それは妹に直接云うより、目の前の鹿能に言う方が、この男なら一番効き目があると感じたようだ。
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