第30話 大阪空港へ

 片瀬の帰国の知らせは希未子でなく兄に届いた。希未子きみこは兄から帰国予定日を知らされて更に迎えに行くように念を押されると、可怪おかしいでしょうと言い返した。だってあたしで無くお兄さんに来た手紙なのにどうしてなのと。それが落ち込んでいる今のあいつに出来る最善の連絡方法だと説得されても納得出来ない。

「聞きましたよ千鶴さんからモンマルトルの酒場では片瀬をほっといてお兄さんは呑んで騒いだんでしょう」

 でもそれは彼の勝手だと片付けられる。

「しょうがねぇなあ片瀬も男の恥になる後ろ姿をそう容易たやすく見せるもんじゃ無いのに」

 と兄は苦笑して、そんなあいつの本当の姿を知っていればいつか妹も男の辛さが解ると言うもんだろう、と希未子は大体その様に読み取った。謂わば暗黙の了解のもとで兄から押しつけられたのだ。当然そこには生前の祖父の行いも兄から言い含められているのだろう。

 そこで気に入らない希未子は、ひと悶着起こした後で、千鶴さんを伴って、前回のように鹿能の部屋に押し掛けて一緒に迎えに行く約束を取り付けた。


 その日は朝から京都駅前の空港バスで落ち合って大阪空港へ向かった。どう言う訳か通路を挟んで座った。千鶴さんが窓側で隣が希未子さんで、通路を挟んで鹿能が座っている。

 なぜこんな席になったか解らないが、自然と通路を挟んで鹿能と喋るより、直ぐ隣の千鶴さんと喋る。だがこの前のように片瀬が会話に上らないのがなんとも言えず奇妙に感じている。しかも当人はもう直ぐ帰って来ると謂うのに。どうも話題はお兄さんの健司さんの話になっている。こうなるとどうして鹿能が呼ばれたのか理解に苦しむ。

 希未子さんの説明だと、会社へ入社する以前までの兄の放浪癖は祖父の若い頃と重なる処がある。それは千鶴さんも義祖母から伺ったらしく頷いている。

 義祖母は用事があるときは紀子のりこさんを呼び出す。だが彼女が手の放せない時は、千鶴さんが代わりに用件を伺いに行く。その時にどうも祖母は家族のことで半分愚痴を彼女に溢しているらしい。それによると大半が亡くなった祖父即ち長く連れ添った伴侶を懐かしむように聞かされているらしい。

 おばあちゃんが言うには、あなたの旦那さんの孫息子の健司は夫、総一の若い頃によく似ていた。総一はぷいっと家を空ける事が多かった。それで親が彼の将来を案じて、あたしなら何とかしてくれるだろうと、縁談を勝手に進められた。それには最初は往生したのよ、だから千鶴さんにはその健司を上手く操るコツを伝授されてるらしい。これからそれを実践に移す段階らしい。

「そうなのおばあちゃんはあたしにはおじいちゃんの昔話なんかこれっぽっちもしてくれなかったのに」

「あらそうなのてっきり希未子さんはご存じだとばかり思っていたのに」

 健司はあっちこっちに行っていたが、何でも祖父は信州によく行ってたそうらしい。どうもそこに好きな人が出来たんですって。そんな自慢話をおじいちゃんはおばあちゃんにするのかって、希未子さんは呆れて聞いて居る。だけど親の猛烈な反対で今のおばあちゃんが嫁に迎え入れられた。

 この話は最近になって内のじいさんからふと愚痴みたいに溢されてねえ。それが本当なのか今更確認する訳にもいかずにね。もっとも内のじいさんはこの前亡くなったが、その恋の相手は死んでるか生きてるかも今は分からんしね。それでなんで急にそんな話をしたかって聞くと、それはおじいさんは孫娘の希未子が気になってしかたなかったようだ。それで同じてつは踏まさんと昔の自分の長所を持ち合わせている片瀬さんを選んだ。恋は一時だが人生は一生続く。それに見合う人かどうかで片瀬さんを選んだって言っていた。

「それはおじいちゃんの見込み違いじゃあ無いかしらどう思う」

 と急に通路を隔てて観客気分の鹿能に話を振られてた。まったく気まぐれなお嬢さんだと彼は慌てた。

 鹿能は一度も祖父には会ってないし、まして生前はその顔も拝んでいない。お別れ会のあの肖像写真しか知らないから戸惑っている。するとゴメンね、鹿能さんは知らなかったんだと希未子に言われた。噂しか知らないですよ、と答えるとそれで判断出来ないかしらと謂われてしまった。

「それはムリね、だってあたしは一年前に初めて会ったけど、それから数回だけどおじいちゃんは会長の顔と違うんですもの。例えば公の場で会う場合は会長として、個人で会う場合は波多野家のおじいちゃん何ですから。そこへいくと希未子さんも健司も殆どが我が家のおじいちゃんでしょう。そのおじいちゃんにはあたしはたまにしかお目にかかれないですから。今だから言えるけどそりゃあ戸惑うわよ、まして鹿能さんはどの噂を基準にするかでおじいちゃんの人柄はガラッと変わるから、それで片瀬さんの印象を引き出すのは無理じゃないかしら」

 そうかと希未子さんにしては珍しく、秘策は見つからずに話は進まなかったが、バスは確実に空港へ近づいてゆく。


 冬の日差しが雲の切れ間から差し込む中を、北欧からの便が大阪国際空港から望む東の空に姿を現した。次第にその機体は大きくなってゆく。展望台の屋内で待機していた三人は空港の送迎デッキに出た。矢張り吹く風は頬を差すが北欧に比べれば大した事でも無いと、北欧帰りの千鶴さんに云われた。三人はしっかりと着陸から到着スポットに横付けされるまで眺めて到着ゲートに足を運んだ。

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