第27話 二人は鹿能を訪ねる

 鹿能に片瀬からの手紙を見せたが、反応がいまいちどころが、でんとして構えている。頼もしいと言えばそれまでだが、彼の性格からすればそんな度胸を感じられる人ではなかった。それでもっと切羽詰まった臨場感を植え付けるにはどうするか。

 まずは鹿能に対して片瀬の情報を、もっと吹き込む必要性に迫られる。幾らあたしが脅しすかしても彼には応えない。そこで、あたしより中立な第三者の立場の者でも、兄では少し偏見が入る。そこで最近知り合ったばかりの千鶴さんなら、見たそのまんまの片瀬を評価してくれるはずだ。どうしても片瀬が帰ってくるまでには、彼には片瀬に対する理論武装をさせて置かないと太刀打ち出来ない。片瀬もまだ千鶴さんには警戒心も無ければ、兄嫁という親しさもあり、ありのままの愚痴を千鶴さんは聞かされたらしい。それで希未子は先ず千鶴さんには積極的に近づいた。なんせ家に嫁いだばかりで、心細さを解消するのに、希未子は彼女に色々と面倒を見た。特におじいちゃん亡き後は、祖母の存在感が増すから、祖母に対する一通りの性格を伝授した。それで彼女の信頼を得てから、先ずは片瀬に対する考えを彼女に正確に伝えた。

 身近な人としてはいいが、それ以上は近づいて欲しくない。その理由はどうも人間的に隙のない人には息詰まりを感じる。少しのへまなら延び延びしていて愛嬌として笑える。その微妙な感情を片瀬は持ち合わせてない。苦手と言うより、やりたくないのが見え見えなのも良くない。これには千鶴さんも、好みの違いと言ってしまえばそれまでだけれど、希未子さんなら我慢が出来ないのはもっともだと同情してくれた。  


 朝の食事が終わると父と兄は会社へ行き、祖母が自室に籠もれば、居間はまた希未子と紀子と千鶴の三人になる。そこで殺風景な居間を花で飾りたいと三人は一致した。それでどんなの花が良いかしら、と千鶴さんが希未子に訊けば、直ぐに同感したらしく「じゃあ一緒に花でも買いに行くか」と二人は意見が合った。

 この季節では温室栽培の花に成るから高くなるわよ、と言う家計をまかなう紀子さんを納得させて二人は出掛けた。

 通りでタクシーを拾うと、どちらからともなく、一緒に行き先は立花園芸店を指名した。このピッタリ感に二人は顔を合わせて笑った。当然行き先が鹿能の居る花屋だと解ると、車の中では、あの手紙を鹿能に見せてどうだったのか、千鶴さんは気になったようだ。

「処で鹿能さんにはあの手紙を見せたんでしょう」

「ええ、でも反応がいまいちなの」

「そうだろうねえあの内容ではどうって事ないって思われるわねぇ」

「ついこの前の新婚旅行で十日近く一緒に同行すれば観光以外に話題になるのは矢張り希未子さん、あなたのことなんですからそれからあの手紙を深読みすれば並々ならぬ片瀬さんの意欲が見えてくるわね」

「あの人が深読みできればね」

「そうか、聞くところでは社交辞令の飛び交う歓送会で初めて会ったばかりの鹿能さんでは上辺しか読めないでしょうね」

「まあ一応はひと言チクリと釘とはいかないまでも針ぐらいで刺していたけれどもうすっかり癒やされていたでしょうね」

「そうね旅行中に電話で希未子さんから聞かされてエッそうなのって言い返したでしょう。だから片瀬さんは当に忘れてはいないと思うけれどそんな素振りなんて見せない状態だからあの手紙を見ればあたしも希未子さんもあの文面を真面には受け取れないでしょうけれども殆ど先入観念の無い鹿能さんではめでたい帰国報告文になるわね」

「それでそこなんだけどおじいちゃんが好きだったあの料亭で鴨鍋を披露したけれど無意味になって鴨がねぎまで背負しょってしまったようで片瀬どころかそっちに神経を吸い取られた」

「それで今から行く花屋さんではあたしの出番なんでしょう」

「物わかりが良すぎて助かるわね」

「小姑さんにはこれからもよりをつけとかないとね」

「あたしはそんないけ好かなくないわよ何なら兄をとっちめて欲しければいつでも手を貸すわよ」

「ホウそれは頼もしい小姑さんだわ」

「ひと言多いわよ」

 と希未子さんはチクリと釘で無く千鶴さんの謂う針を刺した。

 店に着くと鹿能は居なかった。今朝体調が良くないと言って休んでいるらしい。出てきた立花さんはどっちみ今は需要の少ない時期だから大目に見ているらしい。

「じゃあお見舞いに行くか。食い慣れない鴨料理が当たったかもしれないからね」

「それは良くないわねぇ、一体どうしてそんな物にありつけたのか本人が理解出来てないそこが問題なんじゃないですか」

 問題はそんなもんじゃ無い。問題はあいつの、のほほーとして緩んだ神経に有る。そこら辺りの神経は、今隣に居るこの女と似たり寄ったりだが。恋に関しては兄を選んだ処は鹿能より打算的かもしれないが。

「まあ一応は食あたり以外は考えられないわね」

「この寒い真冬に鍋料理を食べてですか?」

「それだけ不用心ぶようじんなんでしょうでもまあ行けば解るでしょう」

 それもそうねと二人は変に納得して、軋む階段を上りながら鹿能のアパートを訪ねた。ドアをノックすると鹿能は直ぐに出てきたが、二人を見て慌てて引っ込まれて、暫くは外で待たされてから招き入れられた。初めてやって来た二人は一通り中を覗いた。

「何もない部屋ねぇ」

「シンプルにしているだけだ」

 なるほどともう一度見回して頷いている。

「せっかく花を買いに来たのに、お店でお休みと聞いてお見舞いに伺ったけれどふところ以外は元気そうね」

 と上がり込んだ。

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