第25話 希未子の誘い
会長の葬儀は大きなホールを借り切って行われた。勿論紀子さん以外は家族総出だが、祖母の君枝さんだけは葬儀の開催時間に合わせて来ても、始まるとお飾りのように居たが、直ぐに社長の総一郎と代わって帰った。そこに新婚の息子夫婦も並んだが、弟の
葬儀が始まる迄は、君枝さん以外は、設営業者と打ち合わせをしている。広いホールに百席近いパイプ椅子が所狭しと並べられた。四列ごとに通路用に一脚分空けて、端から順に座る。中央の祭壇は花で飾られその真ん中には、会長の微笑む在りし日の遺影が置かれて、その周りを多くの花で飾られている。
順次訪れた弔問客が、この祭壇前の献花台に花を添えて、一礼合掌して故人を偲びながら献花してゆく。会場に流れているのは読経ではなく、故人を送るのにふさわしく、クラシック調の静かな調べの曲が会長の遺影を包み込むように流れていた。みんなはそれに合わせて頬と口元を緩めて中には小さく手を振る若い子も居た。とにかく和やかな曲と人とが、溶け合うように祭壇の花飾りの前を通り過ぎていった。
この日は朝から忙しかったが、葬儀は昼から夕方までには多くの弔問客を終えて、立花園芸店のスタッフも後片付けに追われていた。受付をされてた
会長の葬儀が終わって数日後に希未子さんから誘われた。突然に朝から電話で誘われたものだから急遽店に一報した。これには立花さんも賛同して、店からもお礼を言っておくように伝言を頼まれて休みを取って出掛けた。
今年は年明け早々に雪が降ったが、あれから寒さは幾分ましなようだ。それでもダウンジャケットを着込んでいる人も結構居て、鹿能もその一人で急いでいる。なんせ今朝連絡を受けたから服装より心の準備がなく、いきなり会いに行くから、出会った頃の気持ちのドキドキ感は薄れて、要件の方に気が散ったからだ。
行き先はこの街一番の繁華街四条河原町の角だ。まあ此処は恋人たちが良くやって来る場所でもある。だから気分に陰りも無くルンルン気分で心弾ませて行けた。
案の定待ち合わせ場所に近付くと、遠くから手を振ってくれた。彼女と合流すると、そのまま交差点を渡りその場所から直ぐに移動した。
人混みに紛れて直ぐに交差点を歩き出すから行き先を訊くと、決めてないと言われた。どうしていきなり交差点を渡ったのは、逢って直ぐに信号が変わったから釣られて歩き出したようだ。渡り終えると彼女も、直ぐに何処へ行くって同じ質問を返された。
しょうがねぇなあ、と鹿能は人の流れの少ない鴨川に向かって歩き出した。すると彼女も歩幅を合わせて付いてくる。このどうでも良いような意気の合いかたに、思わず二人は笑ってしまった。すると鹿能には急に呼び出された意味が益々分からなくなる。河原に降りずに、そのまま橋を渡った辺りから、彼女はちょっと不機嫌になってきた。そこで思わずどうしたと声を掛けた。
どうやら片瀬から手紙が来たらしい。それを見せるために呼び出したと解った。
「じゃあどっか店にでも入るか」
これに彼女は頷いた。二人はもう祇園の丁字路の交差点まで来てしまった。この辺りで喫茶店を探し始めると、彼女はそのまま交差点を渡り、石段下から円山公園に向かって歩き出すともうこの先は料亭しかなかった。
エッと驚く鹿能を尻目に最初に目にした料亭へ入ってゆくから
「まだ誰にも見せてないんだね」
「残念でした千鶴さんには見せたのよ」
「あの人ならまあ良いかそれで会長の葬儀に帰れなかった事に対する詫び状でも書いてあるの」
「そんな生やさしいものじゃないわよ」
と脅しに掛かる。そこへ仲居さんやって来て鍋の準備をし始めると話が中断した。仲居さんは煮込む順番を説明して、手際良く掘り込むと「後は煮れば食べて下さい。ではごゆっくり」と襖を閉めて行ってしまった。
「この前のおじいちゃんの葬儀では頑張って貰ったから、お礼を言っとけとお父さんに言われたからこのお店なら丁度良いでしょう」
「そう言う事なら入る前に説明してくれれば良いのに、片瀬さんから着いた手紙の披露だと思っていたから気が動転してしまったじゃない、そっちを先に言ってくれれば良かったのに」
「ごめんごめんこのお店は会社では夜の一次会の接待に使ってるらしいから初デートならともかく平日の昼食には来る所じゃないわよね」
会社なら此処で腹ごしらえをしてから、祇園のスナックへ行くらしい。役員関係のお偉いさん連中は此処に寄らず、そのまま花街のお座敷に直行するようだ。
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