第23話 祖父の葬儀決まる

 京大の裏手に当たる吉田神社近くに鹿能のアパートがある。そこから歩いて十五分ちょっとの所に立花園芸店があった。待たずにバスが来れば良いが、一本待つと歩いても変わらないから微妙な距離だ。そこへ年末年始の慌ただしさから逃れるように珍しく希未子きみこさんがやって来た。皆が出掛けるのにあたしだけ家に居てつまらないから出てきたそうだ。それに家に居るとお父さんがうるさく言われるのにも少々気分を害する。第一に新婚帰りの二人がいるからこれも面白くないと、取った付けたような理由を並べられた。

 それで良く此処が解ったと聞くと千鶴さんが教えたようだ。

「でもあの人は此処へ来た事はないでしょう」

「ないわよ。でもあなたが店に留守の時に立花さんが教えたらしいわよ」

「いつ」

「つい最近、披露宴に招待した友達があのブーケを見て凄く評判が良くてそれでお礼に伺った時に……」

 あの日は俺は部屋に居なかったからありがとうと云うメッセージが入っていた。ついでに希未子さんがビンチだから何とかしたげてって書いてあったけれどこれはどうなの。

「まあそれで来たんだけど此処は殺風景だからそれに酸味の利いた珈琲を飲みたくなったから外へ行きましょう」

 と訳の分からない理屈で誘われたが、外は寒かった。なんせ暖房は炬燵こたつしかない部屋だ。

「だって正月だと謂うのに此処は何にも無いだもん」

「来ると解っていればなんか用意しておくのに」

 それでも日差しがあるから良いか、と思ったが外は快晴でなかった。日差しは雲の切れ間から覗いているだけだ。それでダウンジャケットを羽織って外へ出て並んで歩き出した。

 白川通りに出ればみんなは初詣に出て喫茶店は空いて居た。そこでさっそく酸味の利いた珈琲を淹れてもらった。

 どうやらお父さんは亡くなった会長の葬儀と、託された希未子さんへの遺言の狭間で苦労しているらしい。あたしの事はほっといても良いのに、律儀にもおじいちゃんの言い付けに沿うように奔走している。それが滑稽すぎてここまで来てしまったらしい。

「だって会社が休みでしょう。それでそんなお父さんが家の中をうろうろされれば鬱陶うっとうしいから散歩に出たのよ」

「散歩って、タクシーで来たんじゃないんですか」

「途中まで歩いたのよ近くまで来てあなたを思い浮かべたら拾っちゃったのよ」

「初詣客を目当てに走っているのにこの近距離では運転手も災難だなあ」

「せっかく来て上げたのにもう余計なことを考える人ね、嫌ならサッサと帰るわよ」

「せっかくタクシーまで飛ばして来たのにそれはないでしょう」

 せっかくの旨い珈琲なのにこれでは何しに来たのか解らなくなる、と彼女はぼやくかと思えば急に話題を変えられた。

「それより忘れてた。あなたに良い知らせを持って来たのよ」

「と言いますと……」

 鹿能は慌てて身を乗り出した。

「勘違いしちゃあ困るけどおじいちゃんの葬儀が決まったのよだから立花さんはこの報せをお待ちじゃないの」

「それだけで散歩に出るわけ無いでしょうタクシーまで使ってしかも松の内から可怪おかしい、いや怪しい」

「別に正月から何処へ行こうと勝手でしょう」

「別にいつでも勝手だけどそれはそうと片瀬さんからは便りはあるんですか」

「それって真面まともに聞いているの、火花を散らす相手なのにそんな呑気に構えていて良いのッ」 

 しまった。まだ決着していないのか。そうだろうな片瀬と俺では世間体から謂っても月とすっぽんの違いがある。確かに真面に訊ける相手でなく訂正した。

「それでいつ頃帰ってくるんですか」

「それより気になるのはおじいちゃんの葬儀ね、飾り付けは立花さんの処で飾ってあげてね十五日と決まったから」

「お父さんはもう片瀬さんの帰国を待たずに苦渋の決断をしたんですか」

「あいつが帰ってきても何も変わらないわよ」

 と云う事は変えようとしない。変えたくないと思って差し支えないのか?

「じゃあ帰って来ても今まで通りですか」

「それはあなたのお好きなように、片瀬が変わればあたしの考えも何処まで変わるか解らないわよ」

 と脅かされた。少し前なら効いたが、今のあなたにはあの片瀬へのハッタリが何処どこまで通じているか解らないから、正月早々からタクシーを飛ばしてまで鹿能の所へ来てしまった。

「それにおじいちゃんの葬儀の装飾はあたしの口先で換えられるのですから」

 と希未子さんはしっかりして、と目を細めて透視するように見詰められた。何故かいつもと違って、今日はその目が可愛く見えたから不思議なもんだ。

 さっきまで晴れていたのが、急に陰り出すと雪がパラついてきた。

 すると彼女は「まあ珍しいこんな処にくすぶりたくは無い」とプイッと片隅のレシートを取り上げるとサッサとレジへ向かった。鹿能は慌ててそのまま支払いの終えた希未子さんを追った。彼女は通りで降り注ぐ雪に向かって天を見上げている。

「どうしたんですか急に」

「この雪を見たら急に千鶴さんの故郷を想いだしたのよ」

 どうやら千鶴さんは北国育ちだそうだ。こっちへ来たのは余り雪が積もらないから楽だと思ったらしい。その話を聞いておじいちゃんの初見とは違うから大笑いした。

 どうも希未子さんの話を要約すると、北国育ちは我慢強く根性が座っているから、ふらつく孫の健司には打って付けだと見合いをさせたらしい。後はおじいちゃんの手から離れて当人同士で話を決めた。だから今思えばおじいちゃんのは当て外れも良いとこだ。

「今頃は草葉の陰で大笑いしているわよ」

 と希未子さんは面白おかしく語りながら、天から降る雪を両手で受け止めていた。

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