第22話 千鶴の観点

 翌朝、希未子きみこさんは目が覚めるといつものように何食わぬ顔をして、紀子のりこさんが用意してくれた朝食のダイニングテーブルの席に座った。この頃にはおじいちゃんが座る席が、お父さんに替わったのに慣れて来た。あれから一つずつ席順が変わったが、気分は少しも変わっていない。父と兄は食べ終えると支度をする、紀子さんは後片付けにいそしむ。祖母は直ぐに自室に籠もれば後は気楽なものだ。ダイニングと少し隔てたリビングのソファーで紀子さんとティータイムを過ごしていたが、この日から千鶴さんが増えて三人になった。そこで紀子さんが、あたしもそろそろお暇を告げられそうねと言うと、真っ先に千鶴さんが気にしだした。

「紀子さん、その心配はないわよその内兄夫婦はどこかのマンションでも借りて引っ越すから」

「あらッ、そうなの千鶴さん」

 これには紀子さん以上に慌てて、それは希未子さんの妄想です、と千鶴さんは火消しに躍起になった。

「だって此処で三世帯は無理でしょう」

「さあどうでしょうあたしは此処で十年以上居ますけどつよしさんは帰ってこないしその部屋は居間に成ってるしその内に希未子さんも結婚されるでしょう。そうなれば健司さん夫婦でお子さんが増えてもこの家で大丈夫でしょう」

「そうなればその頃には紀子さんはどうするの」

「それならまだここに居ますこちらから暇乞いは致しません」

 これで紀子さんは何の心配も無いわけだが、今問題になっているのが、希未子さんだろう。この問題は義祖父から義父へと受け継いで仕舞ったからだ。それで昨夜は話したが、サッパリ溝は埋まらなかった。これに関しては夫の健司から、千鶴によろしくとまとめ役を押し付けられている。

「多分今頃は会社では会長の本葬について相談しているんだと思うけれど」

 と千鶴さんが話し出した。どうやら会社の体面もあり、これ以上は日延べを避けたい。けれど年明け早々ともいかず中頃に落ち着くらしい。夫の話だと、これは会長に気に入られていた人に任せたそうだ。

「そうなのそれで祭壇を飾る花はどうするのでしょう」

 それに関しては夫の健司から希未子さんに頼むらしい。どうやら兄はこれで片瀬の事で妹に貸しを作るようだ。

「でもあたしは気にする必要は無いと思う昨夜も片瀬さんの将来の伴侶に付いて話したとおりそこに何もよこしまな感情は入れなくても良いと謂う事でしょう」

 あの話について兄は、既存の価値観に囚われない。それは祖父も息子の総一郎にはないものを持っているとして兄を認めている。つまりそれは社内に於いて、自分を正当に誰が見ているかを知らないと始まらない。それには健司自身が人を見極める力を付けさせる為に、敢えて放浪させた。それで周囲の動向に耳を傾けて、部下となる人員も整理していたらしい。勿論そこに兄同様に片瀬さんも加えていたが、死の間際に会長からそのことを遺言された父の総一郎には、荷が重過ぎてどう手を付けて良いのか解らないのが現状らしい。

「それじゃあ父はおじいちゃんの本葬どころでは無いのね祭壇のおじいちゃんに報告するものはまだ何も出そろってないからなのか」

 希未子の思案に千鶴さんは、それでも信念は曲げるべきで無い、と此処はあくまでも長い人生を見詰めて行動するように促した。でも破天荒な希未子さんなら、そんな考えは無用かも知れない。彼女はあたしの生きたいように生きると決めているらしい。それでも自分が求める幸せって何だろうと、真剣に考える時のために千鶴さんは付け加えたに過ぎない。

 自由な考えには歯止めが無い。何処まででも広がろうとする思いが、暴走する前に止める必要が生じればそのメンテナンスが要るからだ。

「紀子さんは片瀬さんをどれぐらい知ってるのかしら?」

「このお屋敷での全てを任されていますから一度来た来客は忘れません。だけど片瀬さんは顔は見知って居るけれどあの人はこの家には余り呼ばれないから大抵は会長さんとご一緒に来られてその一番奥の部屋へ行って仕舞い、直ぐにお茶をお出しして引き下がると後は呼ばれません。そしてお帰りの時に一礼して行って仕舞うからその僅かな動作だけではあの人の人柄は図りきれませんもの」

 これには希未子も、紀子さんは仕事柄、一度来た来客の癖や性格はいつも的確に捉えている。けれど片瀬に限っては捉えどころがないらしい。その第一の原因が会長と同行してくる者は会社関係の人が多い。だから必然と緊張してそこから大体の性格が解るけれど、片瀬は最初から普通体で表情にも乱れがなかった。

 紀子さんもあの人は会長の何なのと珍しく溢していたぐらいだから。要するにあたしや兄には、本音を窺わせても、使用人である紀子さんには心を緩めない。これは彼が今までの経験で学んだ保身術なのだ。身に降りかかる相手で無ければ自分を極力さらけ出さない。 

 希未子はこの性格を逆手に取って、片瀬と謂う男には鹿能は打って付けと決めた。最初はそんな身勝手な閃きから鹿能に接したが、見知らぬ間に取り込まれてしまった。いや鹿能自体は、そんな彼女を取り込める要素は持ち合わせていない。それは勿論希未子の方に有る。片瀬から逃れるすべをあれこれと鹿能に吹き込む内に彼女は魅入られて仕舞った。

 頑として他人を寄せ付けぬ硬いガードと、気位の高さと器量の持ち主も、鹿能の孤高に満ちた性格を自分の追い求めている人と合致させると、意図も簡単に妄信の恋へと駆り立てた。そんな希未子さんの気性を千鶴さんは冷静に受け止めていた。


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