第21話 父と息子の説得
そこへ夫の健司が帰宅してくれた。彼は遅くなると新妻に気を遣って夕食を途中で済ませたらしい。それでリビングルームのお父さんと一緒に「何だ新婚旅行の話か」とお酒を付き合ってくれた。
夫も新婚旅行での片瀬が、甲斐甲斐しく世話をしてくれたが、その行き過ぎもホローしながら上手く盛り立ててくれた。
妻と違って夫は片瀬とは同期入社で、それこそ事務机を並べる間柄だけに、片瀬の気心を痛いほど理解しているらしい。あれ程旅先で付き
「お父さん、会長で在る祖父が亡くなってソロソロ四十九日も過ぎようとしてますから常務から社葬を考えないといけないと言われましたがもう決めているんですか」
そうか、と父は云ったきり別な事を考えていたようだ。千鶴が言うには、どうも親父は向こうでの片瀬の様子を知りたがっていたらしい。それで親父の頭には会長の本葬より頭を痛めているらしい。
「それは
「私には良く解りませんが、希未子さんと鹿能さんとは親しいんでしょう。それを掻き回すより成り行きに任せた方が、後々スッキリするような気が私にはするんですけれど」
と息子夫婦の勧告を聞いても、祖父で会長であった意向を、どう取り扱うかで悩んでいるようだ。
どうしてなの、と嫁いだばかりの千鶴さんには、理解の枠を越えて希未子さんと直接話し合わないのか、それほど垣根の高い人でもない気がする。一体お義父さんは希未子さんの何を怖れているのか、気さくに話せる千鶴さんには解らないようだ。
「お義父さんは希未子さんを
と夫に伺った。妹は、おじいちゃんに良く懐いていたんだ。健司は、妹に頭を痛める父のほろ苦い顔に、眉を寄せながらも妻を差し置いて、
「片瀬さんとは初めてだし、ねえ健司さん、あたし達の旅行中片瀬さんは希未子さんの事で何か言ってませんでした?」
「そうだなあ、あいつも妹については会長任せの処が有るから今回では親父同様どうして良いか結論がまだ出せてないから俺と顔を合わせても何も言えんだろうなあ」
そうか、と父はひと言呟いて席を立った。その重い足取りが、まだ会長の本葬を決めかねている様子がありありと解る。
「どうだ千鶴、お前妹を此処へ呼んでこれないか」
そうねそれしか無いわね、と千鶴は呼びに行った。健司が一人グラスを傾けていると希未子は千鶴と共にやって来た。
「まだ寝るには早いからどうしてると思った。親父が此処を占拠してるから部屋に籠もったんだろう 親父もおじいちゃんの陰で目立たなかったがこれからはそうはいかなくなるぞ、お前もソロソロ俺と同じ様に身を固めろそれをおじいちゃんが生前にお膳立てしてくれているだろう、どうしてそれに
「相手に依るわよ」
「でも片瀬の
「あの会社を将来背負って立つ人だとは思うけれどそれと恋とは、あたしの心の中では繋がらないのよ」
「そこがお前の良くないところだ。千鶴を見ろ彼女は苦労してるだけに矢張り収入の乏しい男とは意気投合しても結婚には二の足を踏む将来の生活を考えれば当然だろう」
「そうなの ?」
「そうね貧乏はしたくないわね、まあそれ以上の魅力があれば支えて上げるのも良いけれどあたしの経験からするとそれはかなりの勇気がいるのよそれに匹敵するだけの愛の重さが無いと飛び込めないけれど。でも鹿能さんは明日はどうなるか解らない多分そんなところに希未子さんは惹かれているんでしょう、なら誰が説得しても無理ッ」
「おいおい千鶴、まだ結論を出すなよ」
「だってそう謂う人は益々意固地になって終いには駆け落ちするわよ」
「おい脅かすなあー」
確かに千鶴の云う通り、妹は金の苦労を知らないから、そのありがたみも知らない。だから好きになれば人間味のない人との長い人生より、明日の考えも定まらないが人間味溢れる人との恋に駆ける。
片瀬も多分鹿能も、今までの生活は楽では無かったと思うが、そこで必死に現実の世界で十分な糧を求める者と、そうでなく僅かな糧だけで想像の世界に没頭してしまう者との差は、凡人並みに世間体も気になるが、それらを無視するしかないんだろう。それで人の内面が磨かれる人と、外面を磨く人の違いが人間味となって表れる。その自己探求者に希未子は本当の恋を求めてしまう。このように健司が妹に理路整然と示しても希未子は微動だに動揺しない。これに千鶴さんが素晴らしい恋だと絶賛すれば、この日の説得は水に流れて仕舞った。
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