第20話 総一郎

 祖父が亡くなってゴタゴタしていたが、やっと息子の結婚も終わり一息吐けた。そこで今一度、娘の希未子きみこに、父は祖父の考えを実現実行したいと迫る。父は祖父のやり遺したものをすっきりと片付けてから、本格的に葬儀を施行するつもりだ。そのためには娘を手懐てなずける必要があるが自信はない。そこで祖父には恩義があるはずの息子に頼るしか無かったが、幸い嫁も息子には良くなびいて居る。これで息子共々に協力者がもう一人増えたのが心強い。

 新婚旅行から帰国した息子夫婦は一番奥の祖父が使っていた十二畳の居間が当てがわれた。この部屋は玄関から庭に面した長い廊下伝いに他の部屋を通れずに行ける。そこを息子夫婦の新居にさせた。

 食事は昔から玄関を入って直ぐの、システムキッチンが併設された洋室で、皆一緒に摂るのが祖父からの習わしだ。この部屋の隣に有る四畳半ほどの洋室には紀子のりこさんが休憩して居て、此処で常備待機していた。

 希未子の部屋は玄関から庭とは反対方向にあるが、時々は庭に面した食堂隣のリビングルームで寛いでいる。此処は弟のつよしの部屋だったが、金沢へ籠もってから皆が顔を寄せる場所になって仕舞った。まあ気に入らなければ自室に籠もれば良いだけだ。

 会長が亡くなってからこのひと月は、会長の仕事もこなさないとまずいから、父の総一郎の帰宅は遅くなる。紀子さんに申し訳ないから、妻に食事の世話をしてもらう。そんな訳で中々娘とは顔を合わせられなかった。しかし息子夫婦から娘の情報は仕入れている。特に新婚の千鶴さんとは、お互い気を遣わすところもあるが、初々しさから気分は良好だ。これが祖父が遺してくれた貴重な遺産と謂えるかも知れない。

 先ず帰りが遅くなっても、まあ息子も遅いからとにかく紀子さんが帰った後は、妻が引き受けてくれる。これも当てにならないときは千鶴さんが用意してくれる。

 食後は併用されたリビングのソファーで、低いガラスのテーブルにグラスを置いて寛ぐ。手持ち無沙汰な時は、決まって千鶴さんが肴を用意してくれる。流石は祖父が目を掛けただけはあると、余計な関心をしてしまう。

 この日は息子は出張で、社長の総一郎が先に帰宅した。勿論賄いの紀子さんは帰って妻は頭が痛いと部屋に籠もると、夕食から酒の肴まで用意してくれた。無論息子が帰って来るまでと承知して二人で話し込む。話題は娘の希未子の事だ。意外と彼女は娘に関して昔はともかく、最近の様子は良く知っており、これには驚かされた。

「千鶴さんはいつから内の娘と仲がいいんだ。確か息子と見合いしたのは随分前だが、娘の希未子と会ったのは最近だろう」

「そうね、それまでお顔は見てましたけれど身近に接してお話したのは今月初め頃かしら」

「じゃあ息子の結婚式のちょっと前か」

「そう前日にあの花屋さんに寄りましたら偶然バッタリ本当に偶然に希未子さんに出会って仕舞いました」

 お顔は幾度が家に寄せてもらって見ていても、いつも挨拶程度に言葉を掛けるだけだ。何故なぜならいつもあの家に招かれるときは、会長さんからのご用ですから、他の人とは無用の立ち話は控えるようにしていました。だからあの花屋さんで会った時は、以前から関心があってその思いが積もり積もっていましたからどちなともなく交互に喋り出すと、傍に居た健司さんまでが呆然とあたし達の話の成り行きを見ていました。

「そうだったのか、いや別に親父はいや、亡くなった会長はそんないちいち私語を慎むような人じゃ無いがなあ。まあ色々と要件があって家族との会話を控えさせたんだろう」

「でも行くたびに会長さん以外と話し込んだら何しにあたしを呼んだか解らなくなって仕舞うからでしょうね」

「そうなると会長の要件がとどこったかも知れんなあ」

 まあともかく短期間にそこまで娘と気脈が通じればこれ幸いと娘も年頃になると中々男親には本音を見せないからと膝を乗り出して来た。

「先ずは向こうでは片瀬君とは良く話し込んだのだろう」

「それはもう何処へ行くにもお水一杯飲むにも片瀬さんは世話を焼いて下さって大変有意義に過ごせました」

 と半分は嫌みタップリなのには苦笑した。

「その片瀬君だが娘のことはなんか言ってなかったか」

「別に聞かれませんけれどただ鹿能さんについては根掘り葉掘り聞かれました」

「そうかそれはあの片瀬を見送るために開いた会で初めて顔を合わせたらしいから、それで知りたがっているんだろう」

「そうですねそんな時間は殆ど無かったと言ってましたよ。着いたと思ったら直ぐにまた海外へ戻されたそうですね」

「そうだろうなあ、彼にはそれどころじゃあ無いから希未子の奴はそのどさくさ紛れに片瀬をぎゃふんと言わせる為だけに鹿能とか謂う男を会わせたんだろう。片瀬にすれば何の予備知識も無く希未子から紹介されても何も言えんだろうなあ」

「そうですね、片瀬さんはあたし達の接待旅行中は頭から離れなかったのではと思えるほど片瀬さんは堅物だったのはその所為せいだったんですか」

「そうかそれほど目障りだったか」

「いえ、目障りだなんて。ただもう少しそっとして貰えれば旅の印象も変わってもっと沢山のヨーロッパの想い出も残ったのですから」

「そりゃあそうだろう四六時中付きまとわれれば、パリもへっちゃくりも無いだろうなあ。そうなるとセーヌ川も淀川もごっちゃになってしまうだろう」

 と総一郎は笑いながら話を茶化した。

「そこまで比喩出来ませんがパリの印象は薄れてしまいました」

 と千鶴さんは困り果てた。

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