第18話 兄の帰国

 欧州からの直行便が関空に到着する予定日に、鹿能は休みを取って希未子きみこと空港で待機させられた。そして千鶴さんとは出来るだけ会うように仕向けらて、空港まで迎えに来させられたのだ。

 希未子さんとは京都駅前の空港行きバス停で落ち合って、お兄さんを迎えに行く事になったが、それより千鶴さんに会うのがほぼ目的になるようだ。これからは如何どうしてもこの人があなたには必要になると教え込まれて仕舞ったからだ。

 バスに乗るとさっそく千鶴さんからのクリスマスカードを見せてもらった。

 ーーパリの街も賑わっているけれど、矢張りクリスマス気分が充実出来るのは北欧でしょうか、雰囲気が違ってます。いかにもあのトナカイとソリがこの風景の中に溶け込んでクリスマスムードを引き立てる。とてもパリではこの幻想的な気分には成れませんでした。と、千鶴さんからの便りを拝見した。

「なるほど絵葉書は北欧で買ってパリで出したんですか」

「そうらしいから二人は今はこのメールを追いかけるようにこっちへ向かっているでしょう」

 今彼女はこっちへ向かっているが、それが兄一人なら何も迎えに行くことはないだろう。家で待っていればほっといても帰って来る。だけど彼女も居るから鹿能を誘って行くことにした。それはバスに乗ってから解った。

 彼女はクリスマスカード以外にも何通かの電話もしている。ただ時差があり過ぎて長話は出来ない。それと矢張り新婚旅行中なので、どちら側からでもなく早めに切っている。

 海外勤務で何度か出掛ける兄には一度も電話は掛けない。もっぱら会社の人からの業務連絡ばかりで、たまには妹でも構わないから、殺風景な海外勤務の気晴らしになるのだが。恋人がいれば妹より尚更その方が良いが、何しろ見合いをするまで女気はゼロだった。それもそのはずで放浪人生に彼女が出来るわけがない。そんな兄だからあたしが旅の途中で、花嫁に電話を良く入れると気に入らないらしい。

「それは千鶴さんから聞いてるんですか」

「そうよ今から千鶴にそんな癖を付けないでくれと兄はぼやいているのよ」

「電話魔ですか、海外だからでしょう。こっちに居れば何時いつでも会えるでしょうが、それより新婚生活の新居は今の家なんでしょうかそれともマンションでも借りてるんですか」

「兄はそんな高給取りじゃないから当分は今の家から出られないわね。今まで放浪していた者にそんなマンションなんか宛てがうはずがないでしょうまだ入社して二年そこそこで、もう少し甲斐性持ちになるまでは無理よ」

 商社マンは信用が第一で、それには長い商取引を積まないと、まだ駆け出しの兄には無理だという。なら片瀬さんも似たようなものじゃないかと問えば。彼は大学時代は兄のように遊び回っていなくて、色んなバイトをこなして社会勉強を積んでいる。だからおじいちゃんの目に留まった人なので、そこが兄とは違っていた。

「だからこそ心細い海外で身内の励ましの言葉が欲しかったのでは……」

 と鹿能はお兄さんの本音を代弁した。

「よく言うわよ散々世界中を放浪していた者がどの口が言うか」

 自由奔放に今まで生きてきた男が、親の会社に収まり。はいこれから親の後を継ぐなんて虫が良すぎる。祖父はそんなつもりで遊ばせたのではない。商社マンとしての心構え、基礎をしっかりと身に付けさせるためだ。それを兄は何処どこまで理解できるかが千鶴さんに掛かっている。それが祖父総一の考え方で、祖父の育て方を兄は実践できるのか、その出発点に立たされているのだ。それから見ると片瀬の方が、祖父の気持ちに幾らかでも寄り添っている。

 こう語る希未子さんは、片瀬さんとお兄さんでは、一体どっちの味方なんだろうと思う尻から否定された。

「でも誤解のないように言っときますけれどそれと人間性とは別問題です確かに片瀬は早くから社会に揉まれてそれをすり抜けるすべを身に付けたけれど兄はその逆で苦労知らずのボンボン育ちで放浪人生をたしなんでいただけですから」

 言い換えれば人間の本質を掴んでいるのは兄の方だと言い切った。

「だからあなたはこの二人を俯瞰ふかんして見られる唯一の人なんです」

 ハイ、そうですかと真面に受け入れるわけには行かない。なんせこの人は一見破天荒で投げやり的に見えても、その本質に於いては、おそらく自立を促し、その先はみずから考えろ、と鹿能には勝手に解釈するしかない。

 空港へ向かうバスの中では希未子さんは、支離滅裂に見えても本質を鋭く突いている。それだけに意味深長に聞き入れないと、後で厄介な問題に引きずり込まれてしまう。でもそれだけ男心を引き寄せる器量を、この人は備えているから余計に動揺させられる。

 師走の暮れに空港展望台から眺める多くの人は、これから海外で愉しむ人を見送る中で、希未子と鹿能はその逆だった。海外が帰国する者を待っているのだ。遙か遠い空から見えた一点の黒点が、次第に飛行機の形を整えてくる。時間的に見てあの飛行機だと察すると、希未子は到着ゲートに向かいだした。コートを羽織っていても此処は吹きさらしだから、これはありがたく、早速誘いに乗って長居は無用とサッサと中へ入った。

 エスカレーターで降りると、今度はロビーの全面硝子から、飛行機が着陸して誘導路からゲート前に横付けされたのを待って到着ゲートで二人を迎えた。

 兄は少々疲れ気味だったが、千鶴さんは希未子さんとの電話の遣り取りが効いたのか、元気そうにスーツケースをひっさげて空港を出た。


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