第17話 希未子の来店
波多野家と早坂家の挙式した後は、立花園芸店では大口の注文は無く、店頭販売のみになり、これには立花さんもいささか拍子抜けしている。それでも師走の花屋はこんなもんだと腰を据えていた。
挙式した二人はそのまま新婚旅行に旅立っている。行き先は無論北欧だ。それは言わずと知れた片瀬井津治への陣中見舞いを健司は兼ねている。恋に落ち込む片瀬にすればそれで新婚旅行に来られてはたまったもんじゃない。しかしそれを
それによるとヘルシンキへ着くなり、健司は千鶴さんを伴って出迎えてくれた片瀬に案内された。俺は遊びだがお前は仕事だ余計な事をするなと一喝すれば、クリスマス休暇を控えてもう向こうは仕事どころじゃあないらしい。本格的な商談の再開は年明け早々で妥結するのは更に先らしいと謂われて気が抜けてしまった。年末年始を海外で仕事をしていない健司には習慣の違いにウンザリしている。
そんな三人三様の本音はさて置き、結構あの三人は今頃はノンビリと北欧の旅を愉しんでいるらしい。応接セットに座りながら話す希未子さんを、傍で聞いていた立花さんも「もう昼休みやさかい昼食がてら続きを訊いたらどうや」と昼休みにしてくれた。この気の使いように希未子さんは立花さんに感謝した。
表へ出ると鹿能は彼女の耳元で「本葬でもお別れ会でも良いが会場全体を花で埋める受注を立花さんは楽しみにしている」と呟いた。だからその繋ぎ役として鹿能は立花社長から今の処は重宝されている。それを希未子さんも察して、今の処は直接店まで遊びがてらに寄ってきてくれる。おそらく波多野家では昼間は祖母とお手伝いさんの
今日、彼女がやって来たのは、先日の片瀬の送別会ではもう少し頑張ってもらわないと困ると言いたいようだ。
鹿能にはあれで片瀬には釘を刺したつもりでも、希未子さんによると不発だったようだ。彼女は次の日の見送りでは、片瀬は懲りずに相変わらず、帰国を愉しみにしているのがありありと感じたからだ。
今頃は兄も一緒になってあたしに対して、もっと積極的にアピールするように
ここまで希未子さんが説明した処で、小綺麗な洋食店を見つけて、ちょっと寄りましょうと急に引きずり込まれた。店に入るとテーブル席に着くなり、彼女は空腹でもないのに、ボリューム感のある物を頼んだ。そこで彼女は
片瀬も向こうでは矢張り外人を相手に話し始めると、そんな遠回しな言葉より思ったことを直接言うらしい。それで今は海の向こうで兄と二人で作戦を立ているらしい。それを千鶴さんはあたしの味方になって報せてくれた。
空港までのお見送りでは、あたしはお父さんの期待には応えず、もっぱら千鶴さんと話し込んでいた。希未子さんの話ではあの人は結構面白い人だと言われたが、店にブーケを頼みに来た時は、そんな素振りは一度も見せなかった。
「それはあくまでもブーケの注文に徹していたからであなたと話し込むためじゃないしそれで気に入る花が出来ればいいんだからでしょう」
と事務的に言われれば、これ以上は千鶴さんに対しての評価は出来ない。
「それじゃあ希未子さんは一年前にお兄さんと見合いした千鶴さんとはいつ頃からそんな話が出来たんですか?」
「ごく最近よ」
どうやらゆっくり会ったのはここ数ヶ月で、それも我が家に連れて来て両親と祖母を紹介された時らしい。だから千鶴さんをよく知っているのは亡くなったおじいちゃんで、次がお兄さんぐらいだ。それで挙式前日の昼食で、あれだけお喋り出来るから、かなり気さくな人柄らしい。
「それでお兄さん夫婦は新婚旅行からいつ帰って来るんですか」
「十日ぐらいかしら」
ぐらいとはそんないい加減な新婚旅行があるのか、しかも海外でまさか飛び込みで宿を捜すわけでもないだろうに、と鹿能は首を傾げたくなる。
「じゃあ後二、三日ですか今頃はどの辺りだろう」
「フランスへ行ってるはずです」
「じゃあもう片瀬さんとは別れて二人ノンビリと観光ですね」
それが片瀬も付いて来ている、と千鶴さんから知らせが入っている。セーヌ川やルーブル美術館にモンマルトルの丘、と必ず案内者として片瀬が居るから、彼女はウンザリしているらしい。どうも仕事の方は先方ではクリスマス休暇に入って、片瀬も手持ち無沙汰らしいけれど、兄はそこまで計算に入れて旅行の手配を片瀬に任せていた。お陰で千鶴さんは益々この計画を壊す段取りに肩入れし始めて、あたしに情報を伝えている。だから今度こそあなたは真っ正面から片瀬に打ち勝って欲しい、勿論体力でなく頭を使ってあいつをギャフンと、ついでに兄も引きずり込んでやれば気分がスカッとして来る。今度は千鶴さんも遅れながらも援護射撃を惜しまぬから、どうしてもあなたに頑張ってもらいたい。
「それは希未子さんからの僕に対する気持ちだと受け取って良いんですか」
「それはあなたのご都合の良いように解釈して頂戴」
と見事に躱された。
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