第16話 健司と千鶴
鹿能が
「ばれてしまったか」
と当の千鶴さんはひょうきんな顔をする。
「お前ここで結婚式の花を頼んだんか」と言えば「健司さんこそここでお花の飾り付けを頼んでいるの」と二人はちぐはぐな対応に終始するから、周囲は益々こんがらかってくる。そしてこの二人が顔を見合わせて笑い出すと、希未子さんがそう言うことかと、お互いに今度の式でサプライズとしてやっていたなんて可笑しな組み合わせねと笑いの輪に入る。この頃になると立花も鹿能もどうにか解らんなりにも、この雰囲気からこの三人の話が
「つまりこう言う事ですか早坂さんは波多野健司さんの花嫁さんで今度の結婚披露に当たって二人は別々に内の店で花を頼んだっちゅうことですか」
早坂はいたずらっぽい眼差しで頷いて見せた。
この人がその花嫁さんですかと立花はいささか拍子抜けした。鹿能にすれば器量はともかくこの花嫁さんには小姑となる希未子さんとは十分に張り合いそうだと思える。その希未子さんは、ぐうたらな兄に輪を掛けたような花嫁に、あの家の切り盛りを託す両親も両親だと、この花嫁を間近に見れば面白くなったらしい。そこで希未子は「お昼の時間に素敵なブーケを作って頂いた鹿能さんに感謝の意を込めてこれから食事をご一緒しませんか」と鹿能だけが昼食に誘われた。
これには社長の立花は、しゃあないやっちゃ、とそろそろそんな時間だから行ってこいと送り出してくれた。
新郎の健司に至っては、明日からずっと傍に居る花嫁を今更誘う必要が何処にあるか、と言う顔をされてしまった。そんな兄を完全に変えてくれそうだからおじいちゃんはこの人を孫息子の花嫁候補に指定したらしい。しかもこの婚礼は延期するなと遺言までした処を見ると、余程に兄の自由気ままな性格が会社を三代目にして、いらぬ憂き目に遭うのを恐れた証拠かも知れない。
「ねえ、お兄さんせっかく千鶴さんを誘ったのだからあのホテルで食事なんてどうかしら」
この希未子の提案にどうして明日式を挙げるホテルでわざわざ食事するんだと言われた。
「だって明日の宴会のフルコースと同じホテルだと料理と味の違いを知るのも良いと思ったからよ」
だが兄に謂わすと同じコックでも値段と格式が違うから、掛ける手間暇も違って当然だろうと言うと、希未子は尚更その違いをこの舌で味わってみたいと言い出す。すると千鶴さんまで面白いわよと未来の夫を誘惑した。この嫁とこの小姑が、と言えば、あたしはお兄さんからすれば妹ですよと念を押された。こうなると結婚予定のない鹿能さんが羨ましい、と冗談にも花嫁の前で言えるこのカップルが逆に鹿能には羨ましかった。
そんな訳で希未子の提案通り明日挙式するホテルのレストランに入った。流石にこの前に立花社長と食べた昼食とはかなり違っている。まあ明日の披露宴の料理と食べ比べるのだから、そこそこ似た食材料理を注文した。フルコースではないがそれでもデザートと珈琲が付いていた。
「まだ身内でないから密葬には呼べなかったのに千鶴さんはあの花屋さんをどうして見つけたんですか」
希未子さんは本当に偶然なのかと知りたかったらしい。お店の玄関脇に置かれた素敵な花束に惹かれただけだとそれでも千鶴さんは強調している。そこで健司が、妹はあの花に相当怒れていると言い出したから、綺麗なものは綺麗で何処が悪いのよと訂正させた。これには千鶴さんも同調して二人で健司さんは責め立てられた。
「おいおい俺が言ったのはそう云う意味じゃあないだろう二人ともどうかしているぜ」
と彼はまだ自由の身である鹿能に、これからは此の二人に責められるのも満更でもないと見せ付けている。それは結婚は人生の墓場だと言う
もし俺が平凡な大学生活を続けていれば、親父はもっとお堅い処のお嬢さんを見合いの相手にしただろうが祖父は違った。大体俺は大学時代から国内で旅をするのが好きだった。今から思えばそれで逆に祖父に
「あなたに取って結婚はその轍に足を踏み入れる事なんですか」
と千鶴は物怖じせずに真面に訊ねてくる。
まあなあ、と彼は殆ど平らげた料理を前にして「伴侶を選ぶ、決める秘訣は想い出を何処まで共通出来るかだ」と健司は云ってくれた。
ホテルでの昼食を終えると健司は千鶴さんにせっかくのサプライズがダメになったなあと花嫁を
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