第12話 宴たけなわ
急死した祖父の遺言を伝えるべく片瀬を呼び戻したが、相談を受けた
この人は大学生の時にホテルでボーイをやっていた。その時に祖父が社員の披露宴に出席したが、途中で気分を悪くした時に、大変丁寧に面倒をみてもらった。それが祖父には今時の若いもんにすれば珍しいと気に入られて、大学卒業と同時にうちの会社に殆ど推薦入社した人だ。だから独力で自分の道を切り拓こうとする鹿能さんとは違って、心配する必要ないと希未子は新たな呪文を鹿能に植え付けた。
そこに居る片瀬は、鹿能には新鮮に見えても、希未子にはもうとうに埃を被ってしまった貌だった。
「希未子さんがそこまで肩入れするとは余程気になる人なんですね」
とそれでも片瀬は今更ながら彼女の気持ちの変わりように戸惑いは隠せない。この困惑に鹿能が気付くと、どうやらこれが希未子さんの言う自分を見失っていると言うことらしい。希未子も、鹿能の顔から不安の種が消えてゆくのを確信する。
「片瀬さんとはもう一年以上のお付き合いになるんですけれどこちらの鹿能さんは最近になって会ったばかりだけれど……」
先ずは本人同士が見初めて付き合い始めたのではなく。片瀬は祖父に依って見出されてから孫娘を紹介されて付き合いだした。それは祖父の肝いりで巡り会わされてその顔を立てて二人で義理人情から入った。だが片瀬には出会った時からそんな物は吹っ飛んで仕舞った。一目惚れしたのである。希未子にすれば祖父に義理立てして付き合う内に、悪い人ではないけれど今ひとつ燃え上がる何かを求めて交際を続けた。
「ここに居る鹿能さんとは、あなたと一年掛けても見つけられなかった物をこの人にはそれを見つけられたの」
これには少し怪訝な目付きをされた。その眼に応える為に希未子は、それを今はハッキリとした形では示せないけれど、片瀬にも出会った頃にはその片鱗を覗かせていたと物静かに伝える。それは初めて出会った頃を今一度思い起こして欲しいと云う希未子のメッセージを片瀬は真剣に受け止めた。
二人は出会いに於いてはお互いに相手を認め合った。あの頃の気持ちに時が駆け巡ると、片瀬から別な重みが伝わって来る。それが煩わしくなりだすと、希未子にすれば自然と心が離れていった。
「あなたがあたしを認めたあの時はあなたは無垢な心だったのよ。今は同じ孤高の人でも鹿能さんはあなたと正反対なのよ」
片瀬はこの恋愛には多くの付随する物を、時間の経過と共に考えて背追い込んでしまった。波多野家に婿養子になれば、会社での地位は保証され、肩書きも付き、生活も将来も安定して楽になり、この恋で全てが叶えられる。謂えば希未子は夢の切り札なのだ。だから今はどんな相手とも耐えて行くときだろう。
「ホテルでのバイト時代に祖父があなたを気に入ったのはそんな無垢なあなただったからだと祖父から聞きました」
学生時代の祖父も丁度その時のあなたと重なる物があったからこそ贔屓にした。それから祖父はあなたが卒業するまで見続けて来ました。そして卒業前に内の会社に入ってもらいました。それまでの
「あなたはそれを忘れたのですか」
あの頃は学生で勉学に励んでいて金儲けは二の次だった。今の会社に入ってもそれは変わらなかった。いつ変わったのだろう。希未子が言うように出会った頃も
「それは違うでしょうあなたは本当の愛を知らなかったでしょう。だから超えていない、いや、超えられなかった。愛について損得の物差しで測り始めた時からあなたは希未子さんの愛に溺れてしまったんですよ」
愛はギリギリの駆け引きで成立すると、片瀬と付き合ったその時に希未子さんは覚えてしまった。だから小出しされる愛に今の鹿能は苦労している。
確かに希未子は付き合い出すと無二の愛情を注いでくれた。片瀬はそれに溺れて次のステップに入った。しかしそれは二人の生活を考えたまでで、決して彼女の愛をないがしろにしたとは思えないが、遠ざかる引き潮を感じた。それで彼女を引き戻すのに邪心が働いたかも知れないが。とにかく今の商談をまとめて認められれば、希未子なしでもある程度の出世は望めるが盤石ではない。
「だから会社の為にも希未子さんに支えて欲しい」
と切望する片瀬に、鹿能は、あなたは自分を捨てられますかと訊ねる。愛は持ちつ持たれつですが、もし、希未子さんが仮に片瀬さんを支えても、希未子さんは破天荒の人です。それをあなたは支えられますか、と鹿能は更に追い打ちを掛けるように訊ねた。
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